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——連絡、万が一したくなったらしてきて
連絡、したいよ。
ずっとしたかった。
自分のせいだけど、酷い男とばかり付き合って、酷い目にあう度に先輩に優しくされたあの日々を思い出した。
忘れよう、忘れようと思えば思うほど、俺の中であの日々は美化されて宝物みたいになっていった。
「ごめん、なさい」
よく分からない謝罪の言葉とともに、俺は通話ボタンを押した。呼び出し音がとてつもなく長く感じて、後悔が大きくなっていく。
「間違い電話ー?」
間もなく、軽快な先輩の声がした。
それだけでまた涙が溢れてしまって、混乱する。
「す、みません、あの、俺、」
上手く喋れない。
そもそも何を言えばいいのか分からない。
「どこにいる?」
「え、あ、」
「何も話さなくていいよ。近くに何がある?」
辺りを見渡すとコンビニが見えた。
「コンビニ……」
「いいね。店舗名を教えて」
よろよろと俺は荷物を持って、コンビニの前まで行くと、店舗名を伝えた。
「おっけー、そこで待ってて」
「え、」
ぶちっと通話が切れた。
全て夢だったかように、その場が静まり返ってしまって不安になる。
——約30分後に参上する
——これでも観て暫し待たれよ
先輩から、ちょうど30分の某国民的アニメの動画のリンクと共にメッセージが届いた。どうやら夢ではなかったようだ。
俺はコンビニの駐車場の隅に座った。
アニメを見て笑えるような気分では全くないけれど、空白の時間が怖いので送られてきた動画を再生する。結果的にアニメのストーリーに集中すると他のことを考えなくて済むので良かった。
「ははっ、ちゃんと観てる。偉いな」
顔を上げるとスーツ姿の先輩が立っていた。
俺は思わず目を細めてしまう。やっぱり先輩は眩しくて直視出来ない。生活の充実感が溢れすぎていて。
「それ、ケーキ?」
先輩がケーキの箱を指さした。
俺は思わずケーキを隠して俯いた。このケーキを上機嫌で選んでいた自分を思い出すと恥ずかしくて情けなくて、やっぱり泣いてしまう。せっかく泣き止んだのに全然駄目だ。
「す、みません、いい歳して、泣いてばっか……」
「辛い思いしてるの分かるよ。泣いてるから」
似たようなことを言われた覚えがある。
あの、宝物のようなあの日々。
忘れたくて忘れられなかった。
「俺っ、今日、誕生日で、自分でケーキ買ったんです、馬鹿だから」
「馬鹿だから?」
「翔が、帰ってくる時間を聞いてきたから、俺、誕生日、祝ってくれると思って、そんなわけないのに、だってそんなわけないじゃないですか、まともな会話もしてないのに、でも、俺、馬鹿だから、それで、家帰ったら、家で、翔、女抱いてた、面倒くさそうに俺を見て、それでっ、それで「ケーキ食べよう」
先輩は笑っていなかった。少し怒ったような顔をして、でもはっきり言った。ケーキ食べよう、と。
「……ケーキ、?」
「うん、そのケーキ。俺と食べよう」
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