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 風呂から上がると、ニンニクの良い香りが俺の鼻をくすぐった。 「ビッシャビシャの頭で出てくるか普通」  キッチンに立つ先輩は俺の濡れたままの髪を呆れたように見る。 「いつも、こうなので」 「小学生かよ。もう少しで出来るから早く乾かしてこい」  「小学生かよ」とよりによって先輩に言われるのは何だか心外だったけれど、俺は素直に髪を乾かすことにした。 「あ、ドライヤーは右側の棚の2段目!!!」  キッチンから先輩が叫んでくる。  そんなに大きな声を出さなくても聞こえるけど。  ドライヤーをコンセントに刺しながら、横目で洗面台を見た。  歯ブラシが、2つ。  コップが、1つ。    俺がいつも髪を乾かさないのは事実だが、実を言うと、先輩の家の洗面台を直視したくなかったという理由もあった。  知る必要のないことを知りたくない。  充実した生活を送っている先輩を見たくない。  本当に、ただそれだけ。 「せっかくの誕生日で申し訳ないけど、俺、料理は人並みしか出来ないからさ。マジで普通の物が出来上がったわ」  普通のエビのペペロンチーノ、普通のステーキ、普通のサラダを前にして先輩が言った。 「逆にここまで普通の物を作れるのも凄くね?才能じゃん?」 「……美味しそうですけど、普通に」 「だから、普通って言ってんだろ。喧嘩売ってんのかお前」  この人、何でも普通に出来るんだろうな。  普通に美味しそうなペペロンチーノを前に俺は思った。  普通の人が努力してやっと出来るようになったことを、きっと初めてでも普通に出来てしまう。  そんな普通人なんだと思う。 「そんなじっと見てないで、冷めて普通以下のパスタになる前に食べてくれない?」 「え、あ、はい……」  全然物を食べる気にはならなかったけど、せっかく作ってくれたのに全く食べないのは申し訳ないからフォークを手に取った。  クルクルっとパスタを巻いて、口に運ぶ。 「……ん、うま」 「おっ、マジ?美味い?」 「普通に、美味い」 「そこはとびきり美味いって言えよ」 「でも、こんなにたくさんの量、食べられないです」 「きしょい女みたいなこと言うな。黙って食え。肉も食え」  問答無用、という先輩の口調に俺は仕方なくパスタを口の中に運ぶ動作を繰り返す。  食べている間、先輩は外で食べるパスタについてずっとグダグダと話していた。 「だから、1000円が境なんだよ。1000円以上のパスタはだいたい美味くて、1000円を切ると一気にレベルが下がる。でもさ、それは分かってるんだけど、俺の財布の境も1000円なんだよ。1000円って言われると、高いなぁって思うわけ。だって、平日の昼に1000円のパスタって贅沢じゃん。デートでも無いわけだし。だからさ──」  相変わらず、どうでもいい話をめちゃくちゃ喋る。  だが、その間に何とか俺は出されたペペロンチーノを食べ終えた。 「……ご馳走様でした」 「よし、次はケーキだ」 「無理です。本当に入らないです」 「冗談だよ。ガチで青ざめてんのおもろ」  相変わらず絡みが鬱陶しい。  
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