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その後、ケーキは食べずにソファでテレビを見て過ごした。
芸人が集まって運動会のようなものをやっていて、それをぼんやり眺めながらたまに先輩の言うことに相槌を打つ。
俺の意識は何となく上の空だった。
スマホの通知は1つもなかった。
翔から何か連絡があるかと思ったけど、何もない。
彼との関係も、もうこれで終わりか。
そもそも終わっていたようなものだけど。
あの、女の声が耳に張り付いて離れない。
あの声、あの姿。
耳を引っ張られた。
驚いて隣を見ると、先輩が俺の顔を覗き込んでいる。
「顔、死んでる」
「あぁ、」俺は何となく気まずくなって俯いた。「すみません、話聞いてなくて」
「いや、お前、逆にちゃんと俺の話聞いてる時なくない?」
「あー、まぁ、そうかも」
「酷いもんだよ、全く」
「はは、」
笑いとも何とも言えないような声が出る。
俺は、これから先、何回失敗するんだろう。
何回、自分で自分を傷つけるんだろう。
先の見えない不安が襲ってくる。
それを打ち消すように俺は口を開いた。
「……今日は、突然呼び出してすみませんでした」
「億が一が起きたんだもんな」
「そう……ですね」
「嬉しかった、呼んでくれて」はっと先輩の顔を見ると、嘘みたいに落ち着いた表情で俺を見つめていた。「俺のこと、嫌いなのにね、お前」
全てを見透かそうとするその視線に俺は思わず目を逸らす。
心臓を掴まれているような、苦しい気持ちになる。
「……知らなかったんです」
「何を?」
「翔が、バイだって、こと」
ずっと、翔は男にしか興味が無いと思っていた。
だから、今日のあの光景は俺にとっては何もかも信じられなくて。耐え難いものがあった。
「……だから何?」先輩の口調が急に冷めたものになった。「バイだって分かってればこんなこと起きなかったのにって?」
「バイだって、分かってれば、付き合いませんでした」
「ゲイでも浮気するやつは浮気するし、バイでも浮気しない人はいるよ」
「バイは、最終的に女性と付き合って結婚が出来る。わざわざ最後の人に男性を選ばない」
「ゲイであるお前にバイの何が分かんの?」
先輩のやけに冷めた口調が、無性に腹が立った。
「俺はバイが羨ましい!女性と普通の恋愛をするその選択肢があるバイが羨ましくて仕方がない。俺も、俺も1人の女性を愛して、結婚して、家庭を作りたい、でも、それは無理だから」
「選択肢があるからと言って、それを選択するとは限らない。そんなのお前の妄想だろ」
「じゃあ!!先輩は周りから結婚しないのかとか言われながら、周りから変な目で見られながら、男と死ぬまで一緒にいようと思えるんですか?」
我慢していた涙が、零れた。
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