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ケーキの箱を開けた。
中には、2人で余裕で食べきれそうな小さな可愛いホールケーキ。
思わずため息が出そうになる。
誕生日、祝ってもらえると思ったんだろうな。
あの、どうしようも無いクズに。
人が弱いところに漬け込んで、とはこのことかもしれないが、そんなことも言ってられない。
この億が一の機会を逃したら、もうチャンスはないと思ったから、俺は半ば強引に三ノ輪がしばらくこのマンションに住むように話を進めた。
三ノ輪は「そんなことは出来ない」とかなり抵抗の色を見せたが、「新居が決まるまで」と説得し何とか落ち着かせた。
高校生の時も感じていたこの感覚。
こいつは絶対に俺のことを好きになるというこの感覚。
俺はまた、この根拠の無い感覚に縋ってしまうのか。
「わ、わ、何?!」
突然、部屋の明かりが消えたことに驚く三ノ輪の声に、俺は声を出さずに笑った。
火の灯ったロウソクがケーキを明るく照らす。
「はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーとぅーゆー」
嫌がられそうだなぁと思いながら、俺は歌を歌いながら、ケーキを運んだ。
「はっぴばーすでーでぃあ、みのわくーん、はっぴばーすでーとぅーゆー」
おめでとー!と言いながら、俺はソファの前のローテーブルにケーキを置く。と、同時に三ノ輪の顔がロウソクの灯りで暗闇の中に浮かび上がった。
彼はボロボロと涙を零し、嗚咽を漏らしていた。
嫌な顔をしているかなという俺の予想を裏切って、三ノ輪は酷く泣いていて、その顔は25歳には到底見えない、子どものような表情だった。
いつもそうだね。
君はいつも俺の前で苦しそうで悲しそうだね。
でも、その表情をお前が俺に見せてくれていることに、俺は少なからず優越感を感じてしまってるんだ。
「ほら〜早く火消して。ロウソク、ケーキに垂れる」
「……すみま、せん」
三ノ輪は涙を流しながら、ロウソクの火を吹き消した。一瞬で部屋が真っ暗になる。
暗闇に目が慣れてきて、ぼんやりと三ノ輪の姿が見えた。
「……情けなくて、本当に自分が、俺、すみません」
彼の鼻をすする音が部屋に響く。
「あんなに、誕生日に浮かれてた自分を、殺してしまいたい」
それはとても自然な動きだった。
「っ……」
俺が彼の体を抱き締めた時、やっぱりその体は細すぎて俺は手に力を込めるのが怖くなる。
「……俺はお前の味方だよ」
俺なら絶対にお前のことを傷つけたりしない。
俺ならお前に絶対そんな顔はさせない。
俺ならもっと楽しい誕生日を過ごさせてあげられる。
俺なら、が溢れて止まらない。
そんな自分が汚くて、下心の塊なような気がして気分が悪くなりそう。
「……俺、高校生の時、先輩が何でモテるのかよく分からなかった」
三ノ輪は俺の体からそっと離れた。
「今は……分かります。先輩は、いざと言う時にとても優しい」
「いやまぁ、いつも優しいけどね?」
「俺は、わがままだから、」
外の街灯の光で少し照らされた三ノ輪は静かに泣きながら笑った。
「そんな先輩がやっぱり嫌いです」
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