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先輩の部屋は整理整頓されている。
玄関、リビング、お風呂場……そして、キッチンも食器棚もとても綺麗。冷蔵庫を開けると食材が豊富に入っているので、ちゃんと自炊をするんだと思う。だから、綺麗なのは使っていないからとかじゃなくて、こまめにちゃんと掃除をしているから。
彼女がやってくれてるのかな、とも思ったけど、昨日の料理の手つきは普段からやってる人のそれだった。
雑そうに見えるのは、たぶん彼の演技で、本当はとても几帳面で、しっかり者……なのかもしれない。
それが彼の本性なのかもしれない。何も、分からないけれど。
食べたくもない朝ごはんを食べさせられたとはいえ、早く起きて用意をしてくれたんだから後片付けくらいはしようと思った……のは確かに本心だけど、なるべく現実から目を背ける時間を長くしたかったという意図もあった。
本当は昨晩飛び出したあのマンションに戻りたくないんだ。
思い出したくもないし、過去の記憶を全て捨ててしまいたい。
でも、しばらく先輩の家で過ごすことになりそうだから、最低限の荷物を持ってこないと……翔と絶対に会わないように、早い時間に行った方が良いに決まってるし。さっき会社にも今日は休む連絡をした。
先輩は「荷物を入れる用に」って、捨てる予定だったという段ボール箱もいくつかくれたし、車も使っていいよって言ってくれた。彼は恐ろしいくらいに気が利く。やっぱり俺、騙されているのかな。
そんなことは今、いくら考えても仕方がない。
さっさと昨日のスーツをもう一度着て、俺は例のマンションに向かった。
俺のマンションというよりは、元々は翔が一人で住んでいたマンションに俺が転がり込んできた形なので、ほぼ翔の部屋だ。一人で住むには広いマンションなので、二人で住んでも全く困らなかった。
『家族以外の誰かと、一緒に住むのって初めて』
同棲が決まったとき、俺はめちゃくちゃ嬉しくて浮かれていた。
翔はそんな俺を見て、面白そうに笑ったっけ。
いい歳して馬鹿みたいだって思うでしょ。
そうだよ、あの時の俺には翔しか見えていなかった。
人生のどん底から俺を救い出してくれたのは、翔だったから。
翔と死ぬまで一緒にいるんだって、俺は信じて疑わなかったんだ。
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