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。。。
「その手首、大丈夫っすか」
「っ、え?!」会社内のトイレで、突然知らない人に話しかけられた俺はかなり驚いてしまった。「て、くび?」
「そう、手首」
彼は首から社員証を下げておらず、来客用のバッチだけ胸につけていた。少なくとも過去に会ったことがない人物であることは間違いなさそうだ。
「それ1回分のアザじゃないですよね。俺の知人もDVされてたんですよ。同じような感じになってた」
俺は今更ながら手首を隠すような仕草をしてしまう。
迂闊だった。
誰もいないと思って、腕を捲って顔を洗っていたところに彼はやってきたようだ。そして、俺の、内出血で酷い色になっている手首を見た、と。
「あー……すみません、大丈夫、です」
「大丈夫そうだったら声かけないっすよ。わざわざ他社のトイレで他社の人間に」
「え、と……」
「あーやば、俺、もう行かないと。いい?逃げてください、俺、言いましたからね」
最後に彼は強引に名刺を押し付けて、トイレから出て行った。
『内海 翔』と書かれたその名刺には、最近よく耳にする会社名が印字されている。そうだ、確かうちの会社と業務提携を結ぶとか何とか。俺は直接関わってないから詳しく知らないけれど。
改めて自分の手首を見ると、確かに酷い色だ。
冬だし、バレることはないと油断していた。
でも、DVって……何ですぐに分かったんだろう。変に思わなかったのかな。確かに俺は特別たくましい体つきではないけど、流石に女性に力でねじ伏せられてしまいそうなほど貧弱ではない。
実際、これは女性ではなく、男にやられたものだ。
相手は恋人。俺はゲイだから。
まぁ……いいや。
違う会社の人だし、もう会うこともないだろう。
「なぁ、お前、酒とタバコは?」
家に帰った瞬間、青ざめた。
最悪だ。会社で変な人に話しかけられてしまったこともあって、完全に忘れていた。
「は?何、ノコノコ帰って来てんのお前。なぁ!」
「っ……い」
手加減なしで殴られる。服を着れば隠れる場所をいつも。
「酒とタバコ、用意しとけって何回言ったら分かるんだよ、クソが!」
今日も来るとは思わなかった。昨日来たばっかりだったし。
俺の恋人は突然家に来る。そして、大体機嫌が悪い。俺は酒飲まないしタバコも吸わないのに、俺の家にそれらがなかったらキレる。近頃、殴る、蹴るは挨拶がわり。
「ごめん、ごめんなさい。すぐ買ってくるから」
「もういらね。むしゃくしゃするからヤらせろ」
「ま、待って、俺、」
あー、最悪だ。やっぱり最悪。
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