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。。。
「——殴ってごめん……痛かったよな」
「うん、」
「俺、お前だけなんだよ。お前しかいない。俺、努力するからさ。もう傷つけないから……」
当時の俺は、DV男の典型的なそれに完全に囚われていた。
この男に自分は必要とされている、その事実だけで俺はどれだけ嫌な思いをしても痛い思いをしても我慢出来た。この男の面倒は自分が見ないといけないんだ。見捨てるわけにはいかない。そんな義務感すらあった。
「そういえば、名前、聞き忘れてたなって思って」
もう会うことはないと思っていたら、数週間後にあっさりと再会してしまった。会社内のラウンジの椅子に彼は座っていて、俺は気付いてすぐに逃げようとしたけどあっさりと呼び止められ、気がついたら彼の隣の席に座っていた。
「内海、さん、」
「そう、俺は内海さん。あなたは?」
「三ノ輪です」仕方なく、名刺を手渡す。
「総務課、ね」
そう言って、すぐ。内海さんが俺の手首を掴んだ。
「っ……」
内出血した手首が痛んで、俺は顔をしかめてしまう。
内海さんはすぐに手を離すと、ため息をついた。「まだ、逃げてないのかよ」
「それは、」
「最悪、警察沙汰になった時、言いたくないことも全部言わないといけなくなる。困るのも傷つくのも君。俺の言ってる意味、分かるっしょ?」
「えっと、何で、」
着信音がした。
「あー、ごめん」内海さんがスマホを取り出して、電話に出る。「はい、はい、ええ。はい、了解です——ごめん、俺、もう行かないと」
ごめんも何も、俺が別に話をしたかったわけじゃないんだけど。
「LINE、教えて。今度、飲みに行こ」
何となく断れない雰囲気で、俺は内海さんとLINEに交換をしてしまう。俺が元々押しに弱いという部分はあるかもしれないけど、それにしても彼は有無を言わせない強引さがあった。
「じゃ、近いうちに連絡するから!」と彼は友達のように俺に手を振って、走って行った。
『明日の夜、空いてる?』
そう連絡が来たのは、連絡先を交換してから3日後のことだった。
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