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「荷物、週末に整理しような」
2人で食べ終わった後のお皿を洗っている時、先輩が機嫌良さそうに言った。
「……すぐに新居見つけるんで、テキトーでいいですけど」
「何でそんなに焦んの?」俺が持っていた洗ったばかりのお皿が奪い取られる。「何かと一人暮らしって大変じゃん」
「いや、ここにずっといるわけにいかないですし……元々、しばらくはビジホでいいかなって思ってましたし……」
「俺はいてくれていいけど」
「そういう問題じゃないですから」
先輩にとって俺は新しいおもちゃみたいなもので面白いのかもしれないけど、俺としてはやっぱり多少の気は遣うわけで、早く1人で落ち着きたい。
「じゃあ、こうしよ。今日から3ヶ月、一緒に過ごして三ノ輪がやっぱり出て行きたいって思ったら出て行けばいいよ」
「3ヶ月?長すぎ、何ですかそれ」
「じゃあ、2ヶ月半」
「値段交渉じゃないんですよ」
「2ヶ月半ね」
「なんで、」
「お願い」先輩の声が思ったよりも切羽詰まった感じに聞こえたから、思わず皿を洗う手を止めてしまう。「俺に2ヶ月半だけちょうだい」
先輩は少し困った顔で俺を見ていた。
「何か……変ですよ、先輩」
「俺が変なのは元々知ってんじゃないの」
「いや、そういうことじゃなくて」
「三ノ輪が俺のこと嫌いなのは知ってるよ。でもさ」先輩はぽん、と俺の頭の上に手を置いた。「俺たちってお互い知らないことが多すぎると思わない?」
「別に……そんな、深く知る必要もないですし、ね」
「俺の下の名前知ってる?」
「え、あ……」
そういえば、知らない。
そうだ、俺、先輩の名前、知らないわ。知らないことに違和感がなかった。俺の中で大林先輩は大林先輩で、それ以外考えたことがなかった。
気にならなかったのか……うん、信じられないけど、全く気にならなかった……。
「そこまで衝撃的なことかよ」呆然としている俺を見て先輩は笑いながら俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「いや……なんか自分で自分に驚いて」
「嫌いな人の名前なんか気にならないだろ」
「いや、それは関係ないと思うんですけど、たぶん……」
「まぁ、いいよ」
先輩は握手を求めるように、俺の前に片手を出した。
「俺の名前は大林淳平。2ヶ月半、よろしくな。三ノ輪永都くん」
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