38人が本棚に入れています
本棚に追加
プロポーズ会議&野郎だらけの同窓会
深夜0時を回った居酒屋。
ちょうど客が入れ替わる頃らしく、他のテーブルは誰もいない。客は俺と向かいに座る芳樹だけ。
焼き鳥も、枝豆も、揚げ出し豆腐も食べ終わった。バイトの若い女性が皿を全部持っていく。
俺は飲みかけのビールジョッキを手にしたまま、テーブルに突っ伏した。ほっぺたをぴったりくっつける。
テーブルって、結構ひんやりしているなあ。
あいつの太ももみたいだ。
早く耳垢たまらないかな。また膝枕で耳掃除してもらいてえ……。どさくさまぎれにお触りできるからいいんだよな。
今日はいっぱい人が集まったなあ。
俺がSNSで『そろそろ結婚してえなあ』って言ったら、あっという間にみんなに伝わり『明良あきらのプロポーズ会議&野郎だらけの同窓会』が開催された。
目を閉じると、さっきまでいっしょに飲んでいた同級生たちの言葉が頭に響く。
「やっぱ、バラの花束だよ。歳の数だけそろえりゃいいんだよ」
「ダイヤの指輪を用意したけど、サイズがゆるくて、彼女にビンタされた奴、知ってる」
「焦って『けっきょんしてください』って、言った奴もいるぞ」
「いいか、明良! プロポーズとちるなよ。女っていうのはなあ、ずーっと根に持つんだ。あんなのありえないってさ……」
俺は息を吐いた。どいつもこいつも酒の肴にしやがって。
「相談してドツボにはまった……」
「みんな、明良のことが心配なんだよ。見た目イケメンなのに、臆病だし、全体的に頼りないし」
「それって全然ほめてねーよ!」
「顔はほめただろ」
「うれしくねー。顔だけ取り柄なんて、男としてイヤだー。もう29歳なのに……」
俺は顔をあげて、テーブルの向こうに座る芳樹を睨みつけた。酒飲んでいるから迫力ないだろうけど。
芳樹は足を組んで座ってハイボールを飲んでいる。
この、既婚者だからって余裕かましているな。
そのとき、照明に照らされて、芳樹が薬指にはめている銀色の指輪が光った。
綺麗だな……。悔しいけど。
ひとり暮らしの俺は、この店を出たらアパートの冷たいベッドにダイブする。
芳樹の家では奥さんが待っている。きっと玄関で大の字になっても、水を運んできてくれる優しい奥さんだろう。
俺も、もう少しで手に入れられる。
あいつのことだから、俺が帰ってきたらうれしそうに小走りでやって来るんだろうな。
『おかえり、あっちゃん。お疲れさま』ってさ。
エプロンつけて、いつもみたいに髪を横に縛って。
定番だけど言ってくれるかな。
『お風呂にする? 晩ご飯にする?』
そしたら、俺は鞄を放り投げて、ネクタイゆるめてあいつにチューをして……。
「へへへへ~」
「どうした、明良?」
「もちろん、きみをいただきますよ~。あっちゃんはお腹ペコペコでしゅよ~」
「うわあ、完全に酔っぱらったな」
俺、酔ってるのか? 楽しいこと考えてるだけなんだけど。
なんか座りにくくなったなと思ったら、椅子から落ちそうになった。芳樹が立ち上がり、俺を支えた。
芳樹に肩を支えてもらいながら、俺は店を出た。
「明良、重い! 息くさい! 顔離せ」
「幸せにするよ~」
「はいはい、わかった。幸せにするのは俺じゃなくて彼女だろ?」
「おう! 世界一幸せな女にするんだ。よし今夜は祝い酒だ!」
「ははは、祝い酒は結婚してからだろ」
そうだ。俺はあいつと結婚するんだ。
ふらふら歩きながら、俺はうなずいた。
あいつ、プロポーズしたらどんな顔するんだろう。かなり待たせたから、「遅いよ」って怒るかな。泣いちゃうかな。
まあ、どっちでもいいや。思いきり抱きしめればいいんだから。
今夜の街のネオンは、やけにキラキラしていた。
最初のコメントを投稿しよう!