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忘れてしまっていたこと
現在8時まで5分前
午前7時55分。
久々の休日。
今までずっと土日も出勤だったため、
今日はようやくゆっくりできる日だ。
のんびりとベッドから起き上がった。
そして、
朝食のいい香りのするダイニングルームへ
ゆっくりと足を動かす。
普段なら急ぎ足で通るこの短い距離が
すごく長く感じる。
そんなこと感じることは今までなかった。
なんとも言えないくすぐったさを覚える。
ダイニングルームへのドアを開けると、
同棲している彼が
木製の大きめなテーブルに
手の込んだ料理を置いていた。
そして、俺がいることに気づくと、
太陽のような笑みを見せる。
「おはよう、カナメ
今日は仕事ないんだよね?」
「おはよ....うん...今日はやっとオフの日....」
あくびをしながら言うと、
彼は少し顔をクシャッとさせて
「おつかれさま」と優しく言った。
席につくと、
彼の作った美味しそうな物が待っていた。
白米、わかめの味噌汁、焼き鮭、
大好きな甘めの卵焼き、葉野菜のおひたし、
どれも旅館で出てくる様な物ばかりだ。
温かいご飯はいつぶりだろうか。
いつもバタバタしてしまい、
ろくに朝食も食べず、家を出ていた。
湯気の立つ朝食に少し感動する。
「よいしょっと...」
彼が黒い重そうなバッグを肩にかけた。
「?
どこか行くのか?」
よくよく見ると、服装はラフではあるが、
職場にも行けるような格好だ。
「うん、臨時で仕事入っちゃった....
午前中には帰ってくるよ」
「おお....そうか....」
真っ直ぐ彼が見れなくなり、
視線を下に移す。
「じゃあ、行ってきます」
「おー...行ってらっしゃい
気をつけてな」
「うん」
そう一言言うと、
彼はドアを開けて部屋の外に出た。
規則的な低い足音が続く。
そしてしばらくすると、
ドアを開ける音と、すぐにドアが閉まり、
鍵をかける音がした。
そこから、ただ重い沈黙があった。
彼が出ていったドアを呆然と見つめていた。
前は、すぐ彼に臨時の仕事があることは
彼の服装を見ただけで分かった。
しかし、今日は分からなかった。
いつの間にか彼の小さな所も見れなくなっていた。
彼の休日の服装はどんなものだったっけ...
いくら考えても思い出せない。
彼との生活をより良くするために、
仕事をこなしてきた。
だけど今、
生活なんかよりも、
他の大切なことを忘れていたのだと痛感した。
「....いただきます...」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、
そう言う。
箸で大好きな甘めの卵焼きを挟み、
口に入れる。
しかし、
甘いはずの卵焼きは
どんなに咀嚼しても、甘く感じなかった。
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