娘の好きなもの

1/1
前へ
/565ページ
次へ

娘の好きなもの

 妻の綾乃からリクエストがきた。  娘の沙菜の3才の誕生日には「みやもとの鮨がたべたい」とのことだ。  綾乃も「母親歴3年」だそうでそのお祝いを一緒にする。俺も「父親歴3年」。ただ旨い飯を食う口実であることはお互い暗黙の了解だ。  試行錯誤の手探りだらけの毎日は日々新しいことの発見ばかり。不甲斐ない自分に落ち込んだりしたけど、綾乃がいつも傍で笑っててくれるから、なんとかここまでこれた。  愛しの妻のおねがいを快諾し、会社帰りに「みやもと」へ立ち寄る。子どもには非常に贅沢な話だけど、子ども用の巻き寿司も作ってもらった。  わざわざそれだけのためにスーパーに寄るのも面倒だし、第一食材の新鮮さは言わずもがなこちらだ。  まだまだ小さいから添加物などは控えめの食材の方がいい。とはいえ、うちの娘はなんでも食べるが。  ただいま、と自宅に帰ってくると、リビングの扉が開いて「おかえり」と綾乃が顔を覗かせた。  その綾乃の脚の隙間から縫うようにして娘が顔を出す。  「ぱぱ!」  「さ〜な〜ちゃ〜〜ん♡」  ただいま、と玄関で手を広げると嬉しそうに駆け寄ってきた。子犬のようにキラキラした瞳が俺を見つけて嬉しそうに笑う。  「おしゅし!しゃにゃのおしゅし!」  「……」  「しゃにゃ、まぐろ!まぐろ!」  もう、ミニマム綾乃は日に日にスタンダード綾乃になっているなあ、なんてそのことに苦笑しながら娘を抱き上げる。父は財布以上の価値を娘に与える予定ではあるけど、娘はそう見てくれるだろうか。  まだたったの3才なのに、すでに娘の将来が怖くなった。 d30ba97a-d99b-497f-bff8-76f13e557620
/565ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13317人が本棚に入れています
本棚に追加