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「逃げるな。俺はいつも、あいつにそう言った。……いいか翔太、困った時、迷った時は、思い切ってアウトコースにストレートを投げろ。俺は必ずそこに構えるから。俺のミットだけを見て、恐れずに投げ込んでこい。翔太なら出来るよ」
少年は俯いて初めて涙を見せた。大粒の涙が次から次へと溢れている。
「でも来なかった。そうなのでしょう」
「来なかった。監督は何も言わなかった。俺はショックで当分、誰とも口を聞かなかった」
「そして、その日が来たのですね」
「……その金曜日の午後、俺は気分を変える為、近くの散髪屋で丸坊主にしていた。その散髪屋は椅子を倒して顔を横にすると、窓の向こうに平たく広がった海が見える。――天気の良い日だった。顎を這う剃刀の冷やかさを感じながらも、俺は目を閉じて始めからやり直そうと考えていた。重いと言われたことが鉛みたいに絡みついているけど、勿論、本心でないのは分かっている。散髪が終わったら、あいつに会いに行こう、そう思っていた。俺があいつにキャッチボールしようと言われたように、今度は俺から誘ってみようって……」
「その時ですね」
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