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「その時、大きな地震が来て、あいつの住む地区が流されたのだ。だから俺は……はぁー」
少年のついた溜息が受話器から漏れていた。
「ねぇー、あなたが本当に聞きたいことは何ですか?」
少年は上を向いて目を閉じている。言葉が上がってくるのを待っているようだ。逃げるな、逃げるな……そう心の中で呟いている。
それを言葉にするのが彼は怖かった。本当は知りたくないのだろう。それでも少年は目を開いて受話器に口を近づけた。
「翔太……生きていますか?」
少年は顔を下げて再び目を閉じた。
恐らく祈っているのだろう。小刻みに震えているのが分かる。
答えをあげよう……。
「――生きています」
少年は長い間止めていた息を大きく吐き出して、良かったと呟いた。
「本当に良かった。ほんとに……」
込み上げてくる涙をユニフォームの裾で拭う。それから何度も何度も良かったと繰り返した。
「さらにもうひとつ。実は今、彼とてもピンチなのです。助けに行きますか?」
「当たり前だろう。俺たちは最高のバッテリーだ。あと、ありがとうございました。……それと最後にひとつお願いがあります」
そう言った彼にはもう涙は無かった。
少年は受話器を置いて電話ボックスを後にした――。
すると、駆け出す彼の後姿とすれ違うようにして、60代の男が下を向いて、こっちに近づいてくる。
恐らく彼もまた話があるのだろう。
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