Side「B」 CASEその1 ~最後に母親がしたかったこと~

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Side「B」 CASEその1 ~最後に母親がしたかったこと~

 母親は丸い椅子に座り直して、小さな声を上げた。 「凄く後悔していることがあるの。聞いてくれますか?」  たっぷりと静かな夜のこと。そのか細い声はボックス内で少し籠って聞こえた。  ――「どうぞ。お話し下さい」 「少し長くなるけどいい?」 「勿論、承知しています。此処では誰もがそうなります。思いがけず次から次へと溢れ出てくるのです」 「ありがとう。私ね。九歳になる娘がいたの。十九の時に前の旦那との間に出来た子で、凛子(りんこ)って言うの。私が言うのも何なのだけど、とても可愛くて、頭も良くて、優しい子だった。そんな娘を私は裏切ってしまった……」  おもむろに母親はバックからハンカチを取り出して、うっすらと汗の浮いた首筋に当てた。  吐いた息がボックス内を白く曇らせている。  その上品な艶消し加工のクラッチバックは恐らくブランド品なのだろう。短めのワンピースから覗いた握り拳みたいな二つの膝の上にきちんと置かれている。  ――「ねぇママ。お膝に乗せて」  九歳になったばかりの凛子は、レトルトのハンバーグをひと口食べてから、正座している私に抱き着いた。  ケチャップが付いた小さな手には大人物の箸が一本だけある。ママと同じがいいと言って、昨日100円ショップで買ったものだ。
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