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「でも不思議なのよ。あんなに凛子が殴られているのに自分がその場にいる実感がまるでないの。何かテレビを見ているみたいな感じだった。後に心療内科で「解離性障害」と診断されたわ。強いストレスやトラウマによって記憶や意識、行動の繋がりが失われる精神障害だって、笑っちゃうわよね。命より大事って、そう思っていた娘のはずなのに、凛子が殴られると、ああ、これで殴られずに済むって安心してしまうの――」
「でも、あなたたちは結局逃げた。その辺の経緯も教えて下さい」
「――あれは凛子の新学期が始まって直ぐのことだった。私は夜勤明けで、コンビニで朝食を買って家に帰ったの。誰もいない玄関のドアを開けると、採光窓から入った朝の日差しが靴箱を綺麗に色づけていて、久々に気分がよかったわ。昔好きだった小説でも読み直そうかなって思っていた。その時、携帯が鳴ったの。凛子の担任から呼び出しの電話だった。そのまま直ぐに学校へ行くと、先生は凛子が虐めにあっている可能性があると言う……。私は今までにない怒りを覚えたわ。相手を見つけ出して今すぐにでも殺してやろうと思った。すると、先生が私にこう言ったの」
母親は一旦、受話器を耳から外した。そして、あまりに抑えていた感情に大きく息をつく。鼻からゆっくりと吸う。
落ち着かせようとしている姿がそこにあった。
再び話し始める。
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