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その新しい部屋からは三陸の海が平たく見えた――。
天気がいい日にはキラキラ光って、凛子はお魚のお腹みたいだと喜んでいた。私たちはようやく訪れた平穏を少しばかり噛みしめていた。
ただ、生活は変わらない。いや、むしろ苦しかった。
「……母子家庭で身寄りのない私たちは時間の経過とともに当然のように綻びが生じてしまうの。しかも、身体や精神が虫に食われるように徐々に蝕まれていくのを知っている。耐えるしかなかったわ」
「それでそれだけですか?」
「そうね。嘘ね……そう、いつからか私は凛子に暴力を振るうようになったわ。ちょっとしたことでイラついて酷く当たっていた。そして、自己嫌悪に陥っては泣きながら凛子を膝に乗せて抱きしめた。……ごめんね。ごめんねって。フッ、まるであの人たちと同じなのよ。最悪の人間だわ。生きてさえいればどうにかなるって、あれも全くの嘘ね。そう、毎日が泥船にでも乗っているみたいなの。私たちが沈むのは既に確定している……」
「それでですか?」
「そうよ。私たちにはお金が必要だった。とても看護師の仕事だけでは食べていけないの」
――「それでソーニャのように、身体を売るようになったのですね」
「フフ、ドストエフスキーの「罪と罰」ね。私の好きな小説……でもね。そんなに綺麗なものではなかったわ。結果的に、私はソーニャと違って誰も助けられなかったし……」
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