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菊乃は北莉の後ろ姿に微笑ましげな眼差しを向けると、自身の膝に置いたタブレットに慣れた手つきで文章を打ち込み、読み上げボタンをタップしてからやおら僕を振り仰ぐ。
会話は目と目を合わせて、が菊乃の望みであった。
『楓喜くん、ありがとう』
「うん? 急にどうしたの」
『あの日……楓喜くんが私のアルバムを見て思い出を語り合ってくれたとき。 私、嬉しかった』
「それは、どういたしまして」
途端に恥ずかしくなる。 というのも、あんなにも泣きじゃくったのは初めてのことだったから。 僕の表情に照れが滲んでしまったのか、菊乃は少し目をぱちくりとさせて柔らかに微笑んだ。
『楓喜くんの声が、私の意識が沈む真っ暗闇に一条の光となって差し込んでくれたのを、今でもはっきり覚えてる。 私はずっと一人ぼっちで寂しかったから、藁にも縋る思いで光の方へ歩み寄ったの』
まるでファンタジーのようにも聞こえるが、無論、僕はフィクションとして扱わない。 菊乃の中で確かに起こった現象なのだろうと、受け止める。
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