エピローグ

7/7
前へ
/346ページ
次へ
「一つ……伝えたいことがあるんだ」 『伝えたいこと?』  どく、どく、と心臓の鼓動が彼女の耳に届きそうなほど強く鳴っていた。 菊乃や北莉と過ごした日常の中でも、こんなに緊張したことはない。  僕は歩みを止めて菊乃の正面へ回り、膝を屈めて視線を合わせた。 「前々から、考えていたことで」  太陽の光で白く照らされる彼女の表情には、未だ戸惑いが残っていた。  僕は、心臓が口から飛び出そうになるのを抑え込んで言葉を続けた。 「菊乃とはこれからも楽しいことや嬉しいことを共有したいし、いつかまた思い出を振り返って、幸せに満ち溢れた時間を過ごしたいんだ。 ただ、恋人同士のままじゃあ天井があるような気がしてならない。 だからさ、その」  そっと菊乃の手を取り、それでいて彼女の双眸をしかと見つめ、忠誠を誓う騎士のように告げた。 「──僕と、結婚してくれませんか」  瞬間、僕たちの頬を麦の秋風が撫でた。 さわさわと木の葉が気持ち良さそうな音を立て、どこからか漂ってきた青い香りが鼻先を掠めた。  菊乃は、僕のつまらなかった人生に手を差し伸べてくれた。  彼女に返すべき物がどれだけあるかは分からないが、だからこそ、僕は心に強く誓ったのだ。  あの夏失った君と、もう一度新たな日々を綴っていくと。  そして本当の最後には、最大級の幸せで菊乃を満たしてやるのだと──。
/346ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加