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「いらっしゃいませ。お久しぶりですね。お変わりはございませんか?」
その声は淀みのない穏やかな清流のようだった。
なのに、その清流には1匹の魚の姿さえ見受けられない・・・。
なぜ、魚はいないのだろう?
「こんばんは。お久しぶりです。お陰様で何事もなく・・・」
俺はそんな嘘を吐き、まだ小料理屋 『椿』の戸口の外に立って居る狼鷲の手を握り、その握った手から伝わってくる狼鷲の微かな熱にほんの少しの安心感を得つつ、その手を引いていた。
変わりならあったし、そんな嘘、その人には通用しない・・・。
それでも俺は『変わりない』と嘘を吐いた。
それは見栄か虚勢かまたは願いか・・・。
「左様でございますか。それは何よりです。さ、どうぞ? お好きなところにお掛けになられてください」
そう言って微笑んだ顔は柔和で美麗だった。
それは桜の花が綻び散るように・・・。
または月の明かりが夜道を照らすように・・・。
なのに、その笑みはどこかおぞましかった・・・。
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