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俺の部屋の窓から見上げられる位置まで月がやってくると、俺と紅葉の逢瀬が始まる。
畳に布団を敷いてのんびりしてる頃、窓からするりと迷い込んでくる、真っ黒な愛猫。
「おいで、紅葉っ!」
俺が両腕を広げると、おとなしい紅葉は鳴かずに胸元へ飛び込んでくる。
「よしよし。お前は愛らしいなぁ」
柔らかい頭を撫でてやると、つぶらな紅い瞳が俺を見上げた。
普通の猫の瞳には、真ん中に黒い縦筋みたいなものがある。紅葉の右目もそうなっているけれど、左目の方には、それが十字の形に浮かんでる。出逢った頃からそうだった。
不思議な十字架と見つめ合う間もなく、紅葉は小さな頭を俺の胸にこすりつけてくる。
もう。本当に愛くるしい。
「紅葉。今日はおやつがあるんだ。先生がくれたものなんだけど、一緒に食べないか?」
缶にしまっていた、美しい形の砂糖菓子。紅葉の顔に近づけてみるけれど、小さな鼻が近付いただけで、黒い頭は横に動いた。
菓子を握る俺の手に、黒い細足が乗る。数日前に鋭い爪がかすめて、傷が残ったままの薬指。紅葉は其処へ鼻を寄せ、ふんふんと鳴らす。何度も、何度も、嗅いでくる。
「くすぐったいよ。食べないなら、これは缶に戻すな」
俺は紅葉から手を離して、気に入ってもらえなかった菓子を缶に戻した。
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