2/6
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
 俺の部屋の窓から見上げられる位置まで月がやってくると、俺と紅葉(くれは)逢瀬(おうせ)が始まる。  畳に布団を敷いてのんびりしてる頃、窓からするりと迷い込んでくる、真っ黒な愛猫(あいびょう)。 「おいで、紅葉っ!」  俺が両腕を広げると、おとなしい紅葉は鳴かずに胸元へ飛び込んでくる。 「よしよし。お前は愛らしいなぁ」  柔らかい頭を()でてやると、つぶらな(あか)い瞳が俺を見上げた。  普通の猫の瞳には、真ん中に黒い縦筋みたいなものがある。紅葉の右目もそうなっているけれど、左目の方には、それが十字の形に浮かんでる。出逢った頃からそうだった。  不思議な十字架と見つめ合う間もなく、紅葉は小さな頭を俺の胸にこすりつけてくる。  もう。本当に愛くるしい。 「紅葉。今日はおやつがあるんだ。先生がくれたものなんだけど、一緒に食べないか?」  缶にしまっていた、美しい形の砂糖菓子。紅葉の顔に近づけてみるけれど、小さな鼻が近付いただけで、黒い頭は横に動いた。  菓子を握る俺の手に、黒い細足が乗る。数日前に鋭い爪がかすめて、傷が残ったままの薬指。紅葉は其処(そこ)へ鼻を寄せ、ふんふんと鳴らす。何度も、何度も、()いでくる。 「くすぐったいよ。食べないなら、これは缶に戻すな」  俺は紅葉から手を離して、気に入ってもらえなかった菓子を缶に戻した。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!