決戦は、明日!

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決戦は、明日!

 舞台の袖からやってきたスーツ姿の男が銀幕の前に現れた瞬間、シアターは大きな歓声に包まれた。そしてそれと同時に真っ赤なペンライトがあちこちで大きく振られていく。  数々の黄色い歓声が飛び交う中、 「ガーくん!」  私も『彼』を担当している声優・山川壮一に向かってそう声を挙げた。  今日、私・丹治るみなはつい最近公開された映画『レッド・プリンス劇場版』の応援上映、そして舞台挨拶へと足を運んでいた。『レッド・プリンス』とは学園でアイドル活動をしているイケメン5人組ユニットの名前であり、そして同名の活躍を描いたアニメ。私を含め日本全国あまたの女性ファンを虜にした。視聴率が良かったことは勿論のことグッズの売れ行きも好調で、代表曲の『永遠ラブ』は2週連続でシングルランキングでチャートインした。こうして高い人気を持続する中で、今回ついに映画化となったわけである。映画化してから人気はさらに上昇し、『永遠ラブ』のサビである 「ラブ!ラブ!ラブ!」  の箇所で歌詞に合わせて両手に持った真っ赤なペンライトをハートマークに象る動きはもはやSNSでトレンドになりつつある。私の『彼』はその『レッド・プリンス』でセンターを務めている赤岩賀練斗(がぁねっと)こと『ガーくん』だ。ぱっちりした瞳で彼がウインクをする瞬間、私の心は翼が生えたように天高くどこまでも舞い上がっていく。そして少しトーンが高く透き通ったその声が響いたとき、私の中枢神経には山奥の渓流から流れ出るの如きものが染み渡ってくるのだ。 「今日はレッド・プリンスの応援上映に来てくれて本当にありがとう。赤岩賀練斗役の山川壮一です」  舞台中央の男性がマイクを手に軽く頭を下げる。これは紛れもなくガーくんの声だ。座席にして3列前でガーくんの生の声が産み出されている。この非現実な現実を前に私の頭は毒を注射されたみたいに朦朧としていた。  本来ならば今日は映画などを見ている場合ではない。明日は私にとって大事な舞台・高校生最強頭脳王決定戦の決勝戦が待ち受けている。テレビの全国放送がある大舞台だ。出題が予想される問題の総点検や時事ネタの確認など、優勝を前にしてやるべきことは山積している。ただ、クイズの勉強と『彼』との時間とどっちが大切か?私とってみればこの問いの答えは明白だ。全国大会の決勝を明日に控えていようと私の中ではガーくんは最優先事項。しかも山川壮一さんの舞台挨拶が行われるのは今日だけ。このプラチナチケットが手に入った以上、ここに来ないという選択肢は無かった。  山川の挨拶では来場に対する謝辞と、作品に込めた想いが語られた。そして最後、年末に「レッド・プリンス完全版」と題してDVDのコンプリートボックスが発売されることが発表されると、 「うれしーい!」 「ガーくん、絶対買うよ!」  という黄色い声が再び飛び交った。 「ということで、今日の舞台挨拶はここまでとさせていただきます。最後に皆さんで声を合わせてください、せーの!」  司会をしていた女性の声に合わせて、 「ガーくん!永遠ラブ!」  と、場内いっぱいの観客から一斉にコールが送られる。山川はそれに応えて深々と一礼をすると、舞台の袖へと去っていった。  ずっと続いて欲しかった、夢の終わり。  だが、英気は十分すぎるほど養われた。 「あとは明日、優勝を勝ち取るのみ!」  私はそう呟いた。
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