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※※※
「あ。だから頭、丸刈りなんスか」
「……うん」
呆れたように言ったのは、若い石工。フィロストラトスだった。
まだ子どもとも言える年齢の彼は、セリヌンティウスの弟子の一人。
メロスとは、あの人質の件が最初の出会いである。それから彼はシラクスの町に来ると、律儀にも親友の弟子たちに簡単な手土産を持っていくことが度々あったのだ。
「イメチェンにしては思い切ったっスね……ぷぷっ……に、にあって……ブファッ、アハハッ、ちょ、これ反則っスよぉ、ギャハハハッ、超腹痛てぇ!」
「こらこら、笑いすぎだぞ。フィロストラトス」
いつもながら言い難い名前だなぁ、なんて思いながらメロスは言った。
その顔は渋面のくせに眉が下がりきっており、さらに殴打された痕なんぞある。
「それにしても。えらく男前になりましたねぇ」
「ほんとにそう思うか?」
「いえ、ぜーんぜん。マジでヤバいですよ、その顔」
「フィロストラトス君……」
この少年はどうも、メロスを馬鹿にしてるような節がある。
しかしそれも仕方ないのだ。
尊敬する師を突然人質にして、挙句の果てには全裸で帰ってくる意味不明さ。
彼の中ではすっかり『変(態)なオジサン』のイメージがついてしまったらしい。
「そりゃあ妹さんもブチ切れますって。っていうか、前から思ってましたけど。メロスさんってホントに馬鹿なんスね」
「き、君、辛辣すぎないか……」
――激怒した妹に丸刈りにされ、家から放り出されたメロスはその足でシラクスにやってきた。
しかし目的は王宮ではない。
「先生も先生っスよねぇ。なんでこんなオッサン、雇っちまったんだろ」
少年はぼやく。
こともあろうに、メロスが向かったのはセリヌンティウスの所だった。
そしてその場で土下座して叫んだのだ。
弟子にしてくれ、と。
「てか、メロスさん。石工の経験とかあります?」
「ない」
「物を作ったりとかは」
「昔、戸を直そうとしたら粉々になった」
「でもさすがに石は」
「酔って石像とレスリングしてぶっ壊したことならある。確か、この町の広場にある……」
「――っ、それ、あの石像じゃないっスかぁぁッ!!!」
そう言えば数年前、謎の石像破壊事件があった。
見上げるほどの大きなもので、到底人の仕業じゃない。バケモノだ、怪異だと市民を恐怖のどん底におとしいれた出来事。
まだ幼かった弟がたいそう怯えて家族全員、本当に大変だった。
まさかその犯人が、こうして目の前にいたとは――彼はこのままメロスを昏倒させてやろうかと一瞬思う。
「と、ともかく。メロスさんはズブの素人ってことっスね?」
「うむ。よろしくな」
爽やかな挨拶と共に突き出された、でかい岩のような手。
(セリヌンティウス先生、なに考えてんのかなぁ)
つくづく大人って分からない、フィロストラトスは大きなため息をついた。
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