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「願い」10
どれくらい経ったのだろう。窓際の風鈴がチリーンと鳴り、葉月は目を覚ました。もう少し寝ようかと再び目を閉じ、はっとしてベッドから飛び出した。
「あ……」
壁の鏡の中には、いつも通りのクセのある黒い髪に大きな瞳の中学生の自分がいる。それでもまだ顔や体を確かめるように触り、果てはボクサーパンツの中を覗き、見慣れた中心部にほっとしつつも残念な気持ちになった。
部屋を見回しても渉のいた形跡はない。ゲーム機のトレイを開けてみたが今朝までプレイしていたディスクが入っているだけだ。渉の持ってきたゲーム店の袋すら見当たらない。ワイヤレスのコントローラーは充電不足を示す赤いランプが点いていたが、夜中ずっと使っていたせいだろうと充電用のケーブルを繋ぐ。
「やっぱり夢かー。そうだよな、お遍路さんの願い事もらって急に大人になるとかダメだよな……」
汗でベタベタになった体をプールバッグの中から出したバスタオルでゴシゴシと拭くが、バッグの中で蒸れたタオルは生暖かく気持ちが悪い。面倒だが下に降りてシャワーを浴びることにする。
コックをひねると温かくなる前の冷水のシャワーが火照った体に心地良い。
(それにしてもリアルな夢だったな……)
夢の中の渉は想像していた以上に綺麗で艶かしくて、良い香りがした。拒みながらも自分を受け入れてくれた場所も温かくて気持ち良かった。それを思い出すだけで体がまた熱くなる。熱を冷ましたくてトニックシャンプーで頭を洗うと、メントールの成分でさっぱりとしてきた、その時。
「痛っ!」
シャンプーの泡が背中を伝い引っかき傷に染みた時のような痛みを覚えた。
「さっきタオルで擦ったからかな」
体を洗い流すと少し頭も冷えてきた。いくら夢だったとはいえ、葉月は自分のしたことが恥ずかしい。体が大きくなったからと舞い上がって、騙すようにして体を奪うなんて酷いことをした。自分の気持ちを一方的にぶつけるのは、やっぱり子供だと。
いつまでも自分勝手な「弟」のままではいけない。もっと中身も大人になって渉に一人前の男として認められる人間になりたいと思った。
(夢の中の渉兄、ごめんね)
早く大人になるから待っていて、と葉月は心の中で祈った。
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