「願い」11

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「願い」11

 夏休み終盤の学年登校日は、幾つかプリント類の提出がある。担任からの連絡事項を聞いた帰り道、葉月は自転車を押す元基と並んで歩いていた。元基が母親の実家に行っていたので会うのは久しぶりだ。 「お盆にじーちゃんの家に行ったらさ、仕事があるからって親は一泊して帰ったのに俺だけ一週間もいたんだぜ。ゲーム機持ってってなかったから帰りたかったけど、じーちゃんもばーちゃんも滅多に会わないから俺いるの喜んでくれるし。ちまちま携帯のゲームやってたわ」 「結局やってたのかよ」  そうは言っても根っから優しいのだろう。家にいる方が気楽にゲームも出来たはずなのにと葉月は思う。 「ばーちゃんの作るご飯、母ちゃんのより美味いし。じーちゃんは小遣いくれて良かったけどな」 「何だよ、楽しんでんじゃん」  前言撤回と葉月は呟く。 「へへ。あー、でも夏休みも残り少なくなってきたな。そろそろヤバいから明日一緒に宿題やろうぜ。俺、ワークとか夏休みに入った日から鞄に入ったままだ。葉月もだろ?」 「数学と地理のワークは終わった。他のもあと少し」 「えっ?急にお勉強しちゃってどうしたの葉月クン。何か心境の変化でもあった?」 「いや、そういう訳じゃないけど……」  相変わらず妙に鋭い元基の言葉にヒヤリとさせられる。 (渉兄のことが好きだから、恥ずかしくない自分になれるように勉強頑張る……なんて言えないだろ。いくら楽天家の元基でも、俺が渉兄を抱く夢見るほど好きだなんて知ったらさすがに引くだろうし) 「そっか、誕生日来たんだもんな。一つ大人に近づいたってことね。ふんふん」 「まあな」  元基が勝手に解釈して納得してくれているようなので、そのまま乗っておく。 「あ、じゃあ携帯電話も買ってもらったんだ。誕プレに買ってもらうって言ってたもんな。アドレス交換しようぜ」 「買ってもらわなかった」 「えっ、親がダメって?やっぱ期末の成績悪かったからか?」 「いや……」  夏休み前のテストの件なら両親は理解してくれた。どうしても必要なら買おうかと言ってくれたのだが、葉月の方から断ったのだ。 『あんなに持ちたがってたのに、欲しくないの?』  てっきり携帯をねだられると思っていた母親の方がびっくりする。 『欲しいよ。でも、今は必要ないっていうか。だから、高校に入ったら買ってよ。毎月の電話代はバイトして自分で払うから』  息子の言葉に目を丸くしつつ母は喜んだ。 『葉月……大人になったわねー』  それが全て渉への恋心から出たものだと知ったら両親は驚くだろう。もちろんそんなこと言うつもりはない。ただ自分の中でせめてものけじめをつけたかった。 「ま、自分の働いたお金で払えるようになったらな」  元基には曖昧に答えておく。 「へーえ、大人じゃん葉月。じゃあ今年は何も買ってもらわなかったんだ」 「あーいや、ゲームソフト買ってもらった。RPGの一人でちょこちょこやるやつ」 「なんだよー。結局ゲームとかやっぱ葉月だなー」  お互い様と笑いながら二人は明日から残りの宿題を一気に片付けるぞと意気込んで別れた。 (やっぱり携帯欲しかったなー。どこでもゲームできるし、渉兄が忙しくて会えない時でもメールなら暇な時に見てもらえる……)  惜しいことをしたと思いながら家の近くまで来ると、パン、と何かが爆ぜるような音が聞こえる。驚いた葉月が音のした方に目をやると、渉と高山が話をしているのが見えた。  葉月に気づいた高山が近づいてくる。 「渉オニイチャンと仲良くな」 「え?」  意味が分からず、去っていく高山を目で追いながら家に向かっていた葉月は、赤くなった頬を押さえている渉に気づいた。  先程の音は高山が渉を叩いた音だと知り、急いで駆け寄る。 「どうしたの?ケンカ?」 (あいつ、俺の渉兄に!) 「葉月!」  渉は、顔色を変えて高山を追い掛けようとする葉月の腕を引く。 「違う違う。ケンカじゃなくて、俺が別れるって言ったらじゃあ一発殴らせろって」 「えっ?」 (やっぱり二人はつき合ってたのか。そりゃ、あんなことするんだからそうなんだよな) 「……別れるって、どうして?」 「お前がそれ言う?」  葉月は別れることには賛成だが自分が関わっている意味がわからない。 「だって、好きだからつき合ってたんでしょ?もう嫌いになったの?」  子供らしい純粋な問いに渉は言葉に詰まってしまう。好き同士でつき合った訳ではなかった。お互い性欲処理のための体だけの関係だったのだが……。セフレと言っても葉月にはわからないだろうし、そんなことを言って嫌われるのもいやだった。 「色々あるんだよ、大人には」 「また子供扱いする……」  拗ねた仕草が可愛いと思いながら、それを言えばまた葉月は拗ねるだろうと話を逸らす。 「そういや久しぶりだな、話するの」 「……うん」 「大学のテストとレポートの提出、それにバイトもあって忙しかったからな。これからやっと休みだ。葉月と入れ違いだな」 (それで会わなかったのか。別に俺のこと避けてたんじゃなかったのかな?)  よかったと胸を撫で下ろす。 「……葉月は夏休み楽しんだか?」  逆に言いにくそうに渉が聞いた。 「ん?まあいつも通り、元基とプール行ったりゲームしたり」 「そっか。……旅行とかは行かなかったのか?」 「全然、父さんも母さんも忙しくて。俺ん家両方のじいちゃんとばあちゃん亡くなってて、お墓も本家も近所で里帰りもないし。何で?」  何で、と尋ねてから葉月は自分が夢の中で渉に家族旅行の留守番をしていたと嘘をついていたことを思い出した。 「ん?おまえの家が旅行でいなくて、留守番してた親戚とゲームするって夢……見たからさ」 「えっ!」  葉月は口から心臓が飛び出しそうになるほど驚く。 「それで、ゲームしてどうなったの?どっちが勝った?それからどうしたの?」 「夢の中の話なのに食いつくなぁ」 「あ、いや……別に……」  急に夢の話が出て、しかも渉と自分が同じ内容を見たならその先が知りたい。いや、知りたくないような……。 「夢の中の奴も『葉月』って名前で顔も似てた。歳は俺と同じくらいで、大きな体してるくせに子供っぽくてズルしてゲームに勝つんだよ。お前みたいだろ」 「俺はズル……なんてしてないもん」  このゲームをしたことがあるかと聞かれていて「ない」と言っていたらズルかもしれないけど……と自分に言い訳をする。  いつものように突っかかるでもなく、しゅんとする様子に渉は戸惑う。 「ごめんごめん、葉月はズルしないよな」 「……うん」  思いがけず暗い顔にさせてしまった渉は何か喜ぶことを、と考える。 「あ、バイト代入ったんだ。こないだ誕生日だったろ。去年ゲーム買ってやるって約束したよな。今度買いに行こうか」 「いいの?」  葉月の顔がパッと輝く。 「バイトが休みの日に電車乗ってさ、大きい店に一緒に行こう」 「うん。ありがと、渉兄」  自分を見つめるその表情が一瞬大人びて見えて、渉には目の前の葉月と夢の中の大きな体の子供っぽい「葉月」が重なって見えた。 「早く大人になれよ。待ってるからな」 「え?うん」  小首をかしげる葉月に、渉はいつものようにポンポンと頭を撫でて微笑む。 「約束したからな」  葉月は二人で同じ夢を見た不思議をまだ考えていた。 (もしかして、いつかのおじいさんが本当にお願いしてくれて、渉兄と同じ夢を見たのかな?)  葉月の親切に身の上話をして励ましてくれた老人を思い出したのは、白衣を着た年配の女性三人組が地図を広げているのが目に入ったからだ。渉があっと言う間もなく、葉月は声を掛けていた。 「お困りですか?良かったらご案内しましょうか?」  暑い中、一刻も早く涼しいところに入りたいだろうに、家の前まで帰ってきて道案内……と渉は感心する。 「でも葉月らしい」  目を細め手を振り見送ってくれる渉に気づいて、葉月は白い歯を見せて手を振り返した。 (このままずっと渉兄といられたらいいな)  こんな風にいつも自分を見ていて欲しい。いつか渉に好きだと言いたい、そしてこの気持ちを受け止めてもらえたらどんなに幸せだろう。  それがこの夏少しだけ成長した葉月の願いだ。  リーン、チリーン。  鈴の音を聞きながら、今日も葉月はお遍路さんを案内している。
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