「きざし」5

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「きざし」5

(ここ……どこだ?)  渉はぼんやりと目を覚ましたが、体が重くて動かない。  コンパの途中でジュースだと思って飲んだのはアルコールだったようだ。量はいくらも飲んでいないが慣れていないせいですぐに酔いが回ったのだろう。まだ気分も悪く、体に虫でも這っているような感触がしている。 (……誰かの部屋なのか?)  派手な天井のシャンデリアや壁を見回し「もしや」と思い「まさか」と小さく打ち消した。  目線を胸元に向けると、誰かの頭が見えた。シャツをはだけられた渉はその人に胸を舐られているらしい。うごめく虫の正体がわかり、慌てて体を起こそうとしたが体重を掛けられていて頭を上げただけに留まった。 「えっ?何これ、なんで俺っ……!」 「あ、目が覚めた?」  渉の乳首を摘んで胸に乗っているのは高山だった。 「高山くん!何で、ここどこ?」 「ん?ラブホ」 「ラブホ……テル?」  やはり先ほど頭をよぎったことは正解だったようだ。いや、でもなぜ、と渉は混乱する。 「仲村くんがそんな綺麗な顔して、色っぽい潤んだ瞳で俺のこと誘うから」 「さっ、誘ってない!何言ってるんだ。やめろよ」 「でも勃ってるよ」 「えっ!え?いや、お前が体触ってるからだろ!」  確かに下半身が熱い。だが渉は訳がわからない、失恋して、初めての酒に酔っているだけだ。男を誘うも何もないだろう。高山を突っぱねようとしても、酒のせいで力が入らない。 「ふうん。でも仲村くん好きな奴いるよね。それって男だろ」  渉はギクッとした。 (寝てる間にうわごとで葉月の名前でも呼んだのか?いや、『葉月』なら女の子にもある名前だ。高山に隣の家の葉月の話はしていないし……) 「な……んで、相手が男って……」 「やっぱりそうなんだ」  してやったりという顔の高山に、あっと思ったがもう遅い。鎌を掛けただけなのか、その反応でイエスと言ったも同然だ。 「しかもそいつとはデキないんだ。片想いかぁ、辛いね」  一々言い当てられて、もう何も話さないと顔を背けた。それでも葉月のことを思い出したせいで渉の中心は熱を持ったままだ。 「なら俺とでいいじゃん。しようよ。体だけでもすっきりさせとけば」  渉は酔ってうまく頭が回らない。 (好きでも……そう、いくら俺が葉月を好きでも叶わない恋なんだ……。ただ見ているだけで良かったのに)  そして渉は今更のように自分の葉月への想いにハッとする。 (ああ、俺……葉月をこんなに好きなんだ)  それなのに……と渉は家を出る前の葉月の言葉を思い出して胸が苦しくなる。 『俺……好きな人いるから』  中学生に好きな子がいても驚くことではないだろう。でもそれを立ち聞いてしまうなんて、自分の間の悪さにうんざりする。  自分が葉月を思うように、葉月はその子のことを思っているのだろうか?劣情に眠れぬ夜を過ごしているのだろうか。 『渉兄ウザイ』 (嫌われたかな……)  酔ったことを言い訳にして、もうどうにでもなれと、それまで突っ張っていた手の力を緩めて目を閉じた。そのサインを見逃さなかった高山は渉の頬を指の裏で撫でる。 「キスはするなとか言うタイプ?」 「……好きにしろよ」  この間の美術館に行った子とはもちろんしていない。子供の頃、葉月とじゃれ合っていてお互いの唇が触れたことがあったが、あれがキスだというのは痛すぎるだろう。  高山の顔が近づいて、合わせた唇から無遠慮な舌が入ってきた。渉はこれから我が身に起こることを想像して体を固くする。高山がそれに気づいた。 「男とは初めてだろ。優しくするからね」  男どころか女の子とだってしたことはない。葉月と出来るとは思っていなかったが、だからと言って好きでもない女の子と出来るはずもないだろう。  着ていた服を手際よく脱がされた渉は、全身くまなく見られると思うとさすがに羞恥する。 「こういう時って少し暗くするんじゃないの?」  下半身を隠そうと身を縮めた渉の両手を、大きな片手で掴んだ高山はその手をシーツに留め体を開かせる。 「んー?恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。それに仲村くんの全部見たいじゃん。どこがどうイイのか知りたいし」 「勝手なこと言うな……んっ」  言い終わらないうちに高山は渉の乳首を舌先で弄び、空いた手で中心を扱く。今まで経験したことのない感覚に声を上げそうになって唇を噛みこらえる。 「ダメダメ。快楽に身を任せた方が良いよ、仲村くんのイイ声聞かせて」  語尾にハートマークがつきそうな言葉に、渉は抵抗する気力もなくなり再び目をぎゅっと瞑った。せめて高山がしていることが葉月にされていると思いたくて……。  初めての渉に高山は時間をかける。ローションを使い、長い指で解した場所に体の負担が少ないように背後からゆっくりと挿入っていった。痛みはあったが、馴染むまで高山は動かずにいて、渉が慣れた頃合いを見て腰を動かす。  そのうち渉を揺さぶりながら、満足げに後ろから熱い息と言葉を掛ける。 「顔も好みだけど、体もすごく、良いよ。こんなエロい体、誰かさんもったいないことしたな」 「うるさい、黙れ……、ああっ」  葉月を思い浮かべて一人ですることはあっても、まだ子供の葉月に抱かれる姿を想像したことはない。今これが葉月にされているならどんなに幸せだろう。そんなことを考えてはいけないと思うほど体は昂ぶり、やがて渉は嬌声を上げて放った。 「ああああっ」  緩慢な抽送を繰り返していた高山も、速度を上げて渉の中で達した。  渉は痛めた体を横たえ、高山はベッドにうつ伏せになり肘をついて煙草を吸っていた。 「お前……めっちゃ慣れてるな」 「ん?良かっただろ。きみも初めてなのにイイ反応してたし」  先程までの痴態を思い出し、渉は高山に背を向ける。 「煙草も吸うのか。酒も結構飲んでたのに全然酔ってないみたいだ」 「まあ俺、成人してるし。学年で言うときみより二個上ってことになるかな」 「え、へえ」 (どうりで落ち着いているはずだ。酒に煙草に、男との慣れたセックス……)  コホコホと煙にむせた渉を見て、いくらも吸っていない煙草の火を灰皿に押しつけて消す。 「前の大学でさ、准教授とデキてんのが学校にばれて退学させられた」 「へっ?」  急な告白に渉は驚くしかない。 「ちなみに准教って男。准教授室で無理やりヤッてるとこ教授に見つかっちゃってさー」 「鬼畜っ!」  他に思いつく言葉がない。 「お褒めにあずかり」 「褒めてない」 「だって運命の恋人とか重いだろ。楽しくやった方が良いじゃん。それで、こっちの大学受けてまた一から学生やってんだけど。あ、年上だからって敬語とか使わなくていいから」 「誰がお前に敬語使うかよ」  呆れた渉は高山に言い捨てる。 「あー、でもきみとは運命の出会いを感じるなぁ」 「運命重いんじゃなかったのかよ」 「あれ、意外と口悪い。良い子ちゃんかと思ってたのに、そっちが素?」 「うるさい。お前とまともに話すのが嫌になるんだよ」 「いいね、俺の前では身も心も飾らないってことね」 (それはそうかもしれない……。今までは葉月のお手本になろうとしていたし、自分の性癖だって偽っていたのに、こいつの前では隠さなくてなくていいんだと思うと気が楽なのかな……)  自分を受け入れたことを感じとった高山は笑顔を向ける。 「ま、そういうことだから。これからも仲良くしようね、渉クン」 (なんか俺、ヤバイ奴とやった気がする……?)  でも、と渉は少し動いただけで痛む体と心に言い訳をする。 (好きな人とは出来ない。どうせ葉月と結ばれることはないんだから、もうどうなったっていい……)
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