「きざし」6

1/1
前へ
/37ページ
次へ

「きざし」6

 大学では本格的に授業が始まり、家事もこなさなければならない渉は忙しくなった。夜遅くまで調べ物をし、レポートを書いていると朝も夕方も葉月と顔を合わせるタイミングがなくなった。 (会いに行こうと思えば行けるのに、会わせる顔がないというのが正しいのかもしれないな……)  それでも、元々勉強が得意な渉は暫くすると大学のやり方にも慣れ、そして高山との関係にも慣れていく……。  レポートを一緒に仕上げようと高山のマンションに誘われて以来、渉は週に一、二度部屋で抱かれるようになった。  ワンルームのアパートや寮に暮らす学生が多い中、高山はオートロックの高級マンションに一人で住んでいた。 「実家が金持ちだから」  部屋に驚く渉にこともなげに言う。 (物価の安い地方とは言え、バイトもしていないのにマンションに一人暮らしで大学に通うんだから実際そうなんだろうな)  初めて声を掛けてきた時も高級なブランド服を着ていたし、それが昨日や今日身についたものではないと渉も感じていた。  初めて高山の家でセックスをした時、ひょっとして怪しげな薬や道具を使ってくるのではと危惧していたがそれもなかった。手慣れていて、経験のない渉を気持ち良くさせる。 「渉とは体の相性が良いんだよ」  友人関係の延長で二人は、性欲処理の為のセックスをするようになった。 (セフレってことになるのかな。こんなこと、葉月が知ったら一生口きいてくれないだろうな……)  日曜の朝、遅くまで勉強をしていた渉は、花火の音で目が覚めた。そういえば先週学校に行こうとして家を出たら、葉月の母と一緒になったことを思い出した。 『久しぶりね、渉くん。今から学校?』 『はい』 『来週の日曜、葉月の運動会なんだけど来られる?』  『あ、来週は大学の友人と用事が……』  嘘だ。高山とも、新しく出来た他の友人とも約束などない。サークルだってまだ一度も顔を出していないのに。でも今の自分がどんな顔をして葉月と会えばいいのかわからなかった。 『そうよね、もう渉くん大学生だもの忙しいわよね。葉月も来なくていいって言うし。主人は仕事だし、私はPTAの手伝いがあるから渉くんどうかなって』 『──すみません』 『ううん、たまにはうちに遊びに来てね』 『はい』  葉月が「来なくていい」と言ったのは母親に対してなのだが、自分に言われていると思った渉はショックを受けた。 「運動会か……。葉月は中学でも大活躍だろうな」   こっそり見に行きたい気持ちを押さえ、渉は布団を頭から被った。  翌日葉月は、運動会の振り替え休日で昼前まで眠っていた。起きてきて母が作っておいてくれた弁当を食べ、ゲームを満喫し、マンガの発売日なので本屋に行くことにした。玄関で靴を履いていたら家の前を歩く足音と、渉が誰かと話している声が聞こえてくる。 「珍しい、大学の友達かな……?」  ドアを開ける直前になって財布を忘れたことに気がついた。部屋に戻って勉強机の引き出しを探るが見当たらず、そう言えば昨日運動会でジュースを買うために持って行ったことを思い出す。  机の横に掛けた体操バッグから財布を取り出した時、向かいの部屋から楽しげな声が聞こえてきた。 「高山こういうゲームしたことないの?」 「スマホで時間つぶしにするやつはあるけど、よっと。あ?え?これどこ向いてんの?」 「下手だなー、それにしても酷い。ハハハ」  何のゲームをしているんだろう。久しぶりに聞いた渉の笑い声がいつも自分と遊んでいる時のようでイラ立つ。顔も分からない「高山」に葉月は嫉妬した。 「もうやめやめ、俺こういうの向いてない。よくやるよなゲームとか。渉、意外と子供っぽいんだな」  自分に言われているようで、これ以上聞きたくない葉月は財布をポケットにねじ込み階下へ行こうとした。 「出来ないからって……」  渉が何か言おうとして声が途切れた。 「んっ、あ……んん」  葉月は驚いて窓に近づくが、渉の部屋のカーテンは閉じられていて様子を伺うことは出来ない。 「今の……渉兄?」  今までに聞いたことのない声に葉月の胸はざわつく。耳をそばだてていると渉の苦しそうな声がした。 「んんっ、高山!お前キスしつこすぎ。息できない」 「キス……?」  その言葉に葉月は耳を疑った。 「好みの顔なんだよ。綺麗でヤラシくて」 「何だよそれ……あっ」  渉の甘い声がする。 「胸もキスされんの好きだもんな」 「好き、じゃない……お前が好きなんだろ」 「ウソつきだなぁ、渉は」 「や、……あっ。そんなに強く吸うな」  葉月はその場に立ちすくんでいた。  二人がしていることは中学生の葉月にも察しがついた。ドラマや漫画でもそういうシーンは出てくる。友人のところで回し読みした雑誌にも写真が載っていた。但しどれも男女間のものだが。 「男の人……同士で……?」  男同士で愛し合う人もいて、ゲイやホモと言うことは葉月も知っている。だが自分が兄と慕う渉が男性とセックスをしようとしているのだ。 「やめ……」  自分の大好きな人が汚されるのが嫌で葉月は「やめろ」と大声で叫びそうになった。だがその時、葉月は自分の体の変化に気づいた。下半身が張り詰めている。渉が男に体を触られ、感じている声を聞いて……!  朝起きたら下着を汚していることはあったが、今まで誰かを思い浮かべて自慰をしようとしたことなどなかった。  女性の水着姿のグラビアを見ても、何も感じないのは自分がまだ性に関して幼いからだと思っていた。それなのに……。  止められない衝動に葉月はベッドに横たわり、ズボンと下着を脱ぎ捨てた。さっきよりも硬くて痛くなった自身を両手で包むようにして握る。 「なんで俺、こんなことしてるんだ……」  渉が誰かとしているのも嫌だったが、それを自分もしたいと思っていることに嫌悪した。 「ごめん、渉兄……」  それなのに葉月は渉の声を聞いて、それに合わせるように手を動かしてしまう。渉は今どんな顔をしているのだろうか。雑誌で見た女性のように頬を紅潮させ眉間にしわを寄せてあの長いまつ毛を震わせているのだろうか……。  座った高山に後ろから抱かれて繋がった渉は、下から突き上げられて体を揺すられていた。自身を高山に握られて前後からの刺激に耐えられなくなって爆ぜそうだ。 「んっ、あっ、あっ。もう……イくっ!」 「渉兄、渉兄……」  葉月は渉の艶かしい声を聞きながら、小さな声で何度も囁いた。もう手を止めることは出来ない。つい力を入れ過ぎてああっと思った瞬間、体が震えて達してしまい、腹とTシャツを汚した。  渉も心の中で叫んでいた。何度も何度も愛しい人の名前を。呼べば聞こえる所に思い人がいるとも知らずに。やっと高山に手を放されて渉は射精した。 (葉月、葉月、はづ……) 「……きっ」 「何か言った?」  葉月の名を呼びそうになった自分をごまかすように、のんびりと腰を動かす高山をせかす。 「……お前も早くイけよ」 「ん……、だって渉のナカ良すぎてずっと入っていたいから」 「バカッ」  渉を四つん這いにして腰を掴んだ高山は、浅く深く何度も激しく突き入れてやっと達した。ゆっくりと体を離し、ゴムを外す。いったいどのタイミングでつけたのだろうと渉は毎度感心する。 「相変わらず手際いいな」 「ん?」 「ローションとかゴムとか」 「エッチする時の心得でしょ。最初は入口に少し麻酔の入った薬塗ってたけどもう必要ないみたいだし」 (薬、使われてたのか……)  と言っても渉が痛い思いをしないようにとの配慮……と思っていたが、ふと疑問が頭によぎる。 「ちょっと待てよ、それってラブホで買ったやつ?それとも初めから俺とするつもりで持って来てたのか?」 「あー、どうだっけ?まあいいじゃん。お互い気持ち良かったんだし」 (うっかり飲んだ酒もこいつが頼んだんじゃ?……でも確かにこいつとのセックスは気持ちいい)  本当は葉月としたい。真っすぐに自分だけを見て、抱いて欲しい。そんなことを考えてはいけないのにと思えば思う程、渉は心も体も葉月を求めてしまう。    そう渉が思っていた頃、葉月も部屋で自分の出したものの処理をしていた。 (渉兄を俺だけのものにしたい。他の奴とするなんて嫌だ!早く大人になりたい。大人になって渉兄とエッチしたい!)   ((叶わない願いだけど))  二人は同じ時、向かい合った二つの部屋で同じことを思っていた……。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加