「そらの名前、うみの名前」2

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「そらの名前、うみの名前」2

 一昨日は高山の両親の十三回忌だった。両親だけではない、七歳上の兄も五歳上の兄も一度に亡くした。信心深い両親で父母を敬い、三人の子供を慈しんでくれた。祖父が興こした食品会社を叔父と大きくして、人柄から社員にも慕われていた。  ──楽しい家族旅行の帰り道だった。山道の崖沿いのカーブで、父親の運転する車にセンターラインをオーバーした大型トラックが衝突した。ブレーキの跡がないことなどから、ドライバーは過密なスケジュールでの疲れで居眠り運転をしていたらしい。車は二台とも崖から転落し、トラックの運転手も両親と二人の兄も亡くなった。そんな中でただ一人、後部シートで兄達に守られた三男の真魚だけが軽傷で救出されたのだ。  世間では不幸な事故、あるいは唯一の生存者を指して奇跡として扱われた。  だが病院で目が覚めて祖父から事情を聞かされた時の、真魚の絶望は計り知れない…………。 『お前だけでも無事で良かった、体はすぐに良くなる』  祖父の心からの労りも、ただ辛いだけだった……。 (なんで俺だけ生きてるんだ。一人で残されるくらいなら、みんなと一緒に死にたかったのに!) 『この世には神も仏もいないのか……』  両親同様に信心深い祖父までもが、四人の遺体を前にして絞り出すように言ったその声は今でも耳に残っている。 (どんなにいい人でもこんな最期なんだ)  まだ小学生だった彼がそう思っても仕方がないのかもしれない。  事故の後は祖父に引き取られた。地元の中学に通い、私立の全寮制の高校に進学した。  歴史のある中高一貫の男子校、細かな規則はあったが寮生活は苦手ではなかった。親しい友人を作らなくても学校生活で特に困ることもない。高山はそれでいいと思っていた。  けれど同室の佐々木は違った。二年生が一年生の面倒を見る習わしだが、上級生としての役割以上に面倒をよく見てくれた。特別イケメンという訳でもないが、いつも優しげな微笑を浮かべている。  中学との勉強方の違いに戸惑っていると、宿題を見てくれてテストの点数の取り方も教えてくれる。無口な高山に懲りずに何度も話しかけ、ポツリポツリと自分のことを話すようになると耳を傾けて一生懸命聞いてくれた。 (人と関わることがこんなに楽しいなんて)  高山が心を開いて行くうちに、佐々木は体に触れるようになる。肩を抱いたり腰に手をまわしたり、スキンシップの多い人だなと感じていた。  ある日の夜、ベッドに入ろうとして後ろから不意に抱きしめられる。高山はいつもの戯れ合いだと思っていた。 『もう。眠れないじゃないですか』  手を払おうとしたが、佐々木はその手に力を込めてくる。 『きみが好きだ、ずっと好きだったんだ』 『え?』 『きみだけだ、もう我慢できない。きみの全てが欲しい』 『佐々木先輩……?』  初めは何を言っているのか理解出来なかった。 (俺も先輩を好きだけど、全てって……)  それが体のことを言っていることは、耳にかかった熱い息と佐々木の体の反応で徐々に感じた。でも男同士なのにと、高山はどう答えていいかわからない。後ろから抱き締められていた体を佐々木の方に向けられ、ゆっくり顔が近づいてきてキスをされた。  不快ではなかった。何より自分が必要とされていることに喜びを感じ、深く考えることもなくこの人ならと目を閉じた。 「良い子だ」   頬を両手で包まれ、二人の唇は重なる。  性の知識も乏しい高山は佐々木に身を任せた。どこで手に入れ、持ち物検査をどうくぐり抜けたのかローションを手に取る。それを使って高山の中心部を扱く。初めて人の手で達かされた気持ち良さも束の間、その手ですぐに後ろを弄られ始める。 「うう……!」  想像もしていなかったが、考えれみればそこしか繋がる場所がないのだ。高山は異物感に歯を食いしばって耐え、ゆっくりと体を開かれた。  それでも男の自分が佐々木を受け入れなければならない痛みは、このまま死ぬのではと思う程の苦痛だった。 (先輩が俺を好きで、俺のことを欲しいと言ってくれた。だから我慢できる……)  ニ度、三度と交わり、ようやく繋がりを解いたのは明け方近くだった。 『ありがとう。すごく良かったよ』  苦しかったが佐々木が幸せそうで嬉しかった。求められ、自分が受け入れられたことが幸せった。それから同室だった一年間は何度も抱き合った。  学年が上がると部屋替えがあり、三年生には一人部屋が与えられる。初めの頃は寂しくて佐々木の部屋を訪ねていたが、受験勉強で忙しくなるからあまり来ないでほしいと言われて控えていた。  それでも会いたくて、ある日彼の部屋まで行くと中から呻くような声が聞こえる。 『……っ、んっ……』  驚いてドアを開けた目の前で、佐々木と一年生がベッドで抱き合っていた。頭が真っ白になって立ちすくんでいると、髪を掻き上げながら起き上がってヤレヤレという顔を高山の方に向けた。 『ノックくらいしてくれよ』 『え……っ、どうして……?俺のこと、好きだって……言ったのに……』  あまりのことに言葉を絞り出すのがやっとだ。 『好きだったよ。いつでもヤラせてくれて』 『俺だけだって言った!』  そんな高山に冷たく言い放った。 『誰だって落としたい相手にはそれくらい言うもんだ。ここはそういう所、伝統だよ。外に出られないなら、この中で相手を見つけるしかないんだよ』 『センパイ……』  横にいる一年生がもじもじしている。 『可愛いだろこいつ、イイ声で鳴くんだ。──お前はネコには向いてないよ、ホントは俺に抱かれても良くないんだろ』 『え……』  確かにそれはそうだった。佐々木とのセックスで身体の芯から疼きや喜びを感じたことはない。 『俺は……先輩だから……』 『お前、重いんだよ。みんな遊び、ここ出て大学行ったら本物の彼女作るんだよ』 『本……物の彼女……』 『そういうこと。もういいだろ、出てってくれ。お前も早く相手見つけろ、やり方はわかったよな』  高山がドアを閉め切らないうちに、二人はキスを交わす。それはついこの間まで自分としていたことなのに……。  部屋に戻り、布団に潜って泣いた。 (セックスがしたかったわけじゃない。先輩だから、欲しがってくれたから。この体も心も全て捧げたのに!自分だけを求めてくれる人だと信じていたのに!)  頭から布団を被って声を押し殺して泣き続けていると、同室の一年生が声を掛けてきた。 『高山先輩……。どこか具合が悪いんですか?あの……医務室に行って、薬貰って来ましょうか?』  ベッドの横に立った本田が、心配そうに布団の中の高山を見ている。同室の本田は中高一貫のこの学校に、高等部から外部入学して来た一年生だ。  地方出身で朴とつとした風貌だが、きれいな瞳をしている。今まで佐々木しか見ていなかったから、彼を気にしたこともない。本田は高山が布団から顔を出したことに安堵しているようだった。 『病気じゃないから、心配しなくていいよ』 『そうですか、良かった』  高山はほっとして笑顔になった本田の手を握り、その濁りのない瞳をじっと見つめる。 『でも、病気できみが心配してくれるのならそういうことにしておくよ?』 『え……あの……』  手を握られた本田が顔を赤らめた。 (人はこんなに簡単に落ちるのか……)  家族に先立たれ、初めて恋した相手に裏切られ捨てられた。それならばもう誰も信じない、愛さない。ただ、男を欲するようになった体は抑えられない。やり方は全て佐々木が教えてくれていた。   (確かに俺は抱く方があっているようだ)  高山は本田のナカで確信した……。
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