「願い」5

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「願い」5

 葉月の予想通り、期末テストの結果は散々だった。普段成績が特別良い訳でもないのだが、親にゲームを取り上げられない程度には順位を保っていた。  いつもなら点数が取れる最終日の数学と地理は、前日の勉強に集中できなかった上に、テストの最中も上の空で単純なミスを重ねてしまった。  葉月は授業の後で補習を受けた帰り道、自転車を押しながら歩く元基と並んでいた。 「最近調子悪そうだな、何かあった?テストの補習受けるなんて珍しいじゃん」  普段は葉月よりずっと下位の元基にも心配されてしまう。 「別に、ただ勉強してなかっただけ。ゲームやったりしてさ。お前は補習常連組だもんな」 「やなこと言うなよ。あーでもわかる。テスト勉強してたら古いゲームやりたくなったり、本棚のマンガの整理するよな」  うんうん、と元基は大袈裟に頷いている。 「うわ、マジ?お前テスト勉強やるのかよ。いつも教科書も広げないでテストに挑んでてチャレンジャーだなって思ってた」 「一応やってんの!結果に出ないだけ。やってるけど、なーんか勉強する意味もわかんないしさ」  遠い目で空を見上げる元基を葉月は呆れ顔で見た。 「お前、部活やめる時もそう言ってただろ」 「そうだっけ?」  初めから部活動に入らなかった葉月とは違い、元基は柔道部に入っていた。ずんぐりした体形が柔道にぴったりだと先輩に誘われて入部したものの「投げられる意味がわからない」と言って二学期になる頃には退部していた。「投げ合う」ではなく「投げられる」と表現したことからも元基の実力が覗われる。 「ま、とりあえずテストも終わったし夏休みの計画立てようぜ」 「その予定に宿題って入ってる?」 「まさか。毎年なんとかなってるっしょ」  自信満々の元基に、昨年中学に入り小学生気分で夏休みに遊びすぎて大変な目にあった葉月は釘を指す。 「なってないだろ。ラスト一週間でワーク借りて写して、下書きなしでポスター色塗りして。間に合わなかったのは持ってくるの忘れましたーって言って、徹夜で読書感想文書いて持ってった」 「あっはっは。ま、今年もそれでいくわ」  元基は父親が不動産屋の社長をしている西村家の一人息子だ。大手ではない分、細かなニーズにも応えてくれてアフターケアも良いと地元での評判が高い。若い従業員もいるが事務や経理は母親が担っており、両親共に忙しい。勉強は本人の自主性に任されていて、それほどうるさく言われない。  葉月の家も長く子供ができなかったこともあり、他の家に比べて自由にさせてくれている方だろう。ゲーム好きという共通点もあって、二人は小学校からの親友だ。 「でも今回のテスト酷かったから塾に行けとか言われるかなー。来年中三で、受験勉強しなきゃいけないし」  ゲームの時間は確実に減るよな、親が寝ている間に部屋で静かにやればいいのか、と考えていたせいで歩く速度を落とすと、先に行った元基が自転車を止め振り返る。 「葉月はまた隣のお兄さんに教えてもらえばいいじゃん。大学二年だっけ、渉さん」 「……っ!」  思わぬところで名前を出され、心臓が止まりそうになった。元基は何げなく言ったのだろうが、テストの点数が悪かった原因は葉月にしてみれば渉にある。当然ながら事情を知らない親友の言葉に当惑した。 「格好いいよな、優しいし。小学校の時は遊んでくれたり勉強教えてもらったりしたよな」  確かに、低学年の頃は夏休みの宿題も元基と一緒に渉に見てもらっていた。 「そういやお前、渉さんといるとお兄ちゃん子になるよな。甘えたになる?つーか俺が渉さんと仲良くしてるのが嫌で気を引こうとしてたのかもしんないけど」 「えっ……」  葉月は元基の言葉に絶句する。そんなことはないと反論しようにも、考えてみればその通りだ。弟だなんて言うな、子供扱いするなと言いながら、いつも構ってもらいたがっていたのは自分の方だったのか。それなのに子供じみたヤキモチを妬いて喧嘩して……。 (だから俺のことが面倒になって避けてんのかな。あの日から渉兄とずっと会ってない) 「葉月?ゴメン俺、変なこと言った?」 「いや……。あっ!」 「へ?」  葉月の目線を追えば、洋服の上に袖なしの道中着を着た中年の夫婦のお遍路さんの姿が目に入る。地図を片手に、辺りを見回していると元基が思っていたらもう葉月は駆け出していた。 「元基、明日学校でな」 「ああまたな、ご苦労さん」  早口で別れを言った葉月は夫婦に声を掛ける。 「何かお困りですか?」  寺まで案内を始めた親友を横目に、元基はそれまで押していた自転車に跨ってペダルを踏み込む。葉月と一緒にいると、こういうことは日常茶飯事だ。
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