黄昏どきのユニコーン

2/112
52人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
 その時ふっと空に流れる一陣の風のように、なにかの影がよぎっていった。 見上げると、やはり高く青い空だけが飛鳥の視界を支配している。 まるで今いるこの場所だけが、飛鳥をとりまく世界そのものになって、そのまま静止画の被写体のように固定され続けていくような、不安と孤独が体中を包んでいく。    RPGの勇者が、伝説の剣で魔物たちを振り払うようなしぐさで、手にした卒業証書の筒を力いっぱい振ってみる。 この空間を切り裂けば、新しい世界へと(いざな)う扉が開いてくれるのかといわんばかりに、瞳を閉じ、強く思いをこめて切っ先を空に沿わせてみた。  「キュッポーン」 かわいたような間の抜けた音とともに、卒業証書の筒の蓋が抜けていく‥‥‥。 この世界から抜け出すための、冒険へと続いていく異世界の扉が開くわけもなく、ただ、飛ばされていった筒蓋がコロコロと小石たちに跳ね上げられるようにして、目の前を舞っていった。    「あー、もう! どこかで読んだ、ファンタジー小説じゃあるまいし、こんなことで、なにかが変わってくれるわけないじゃん!」 飛鳥は、なんだか笑いがこみ上げてくると、自然と諦めの言葉がこぼれだしてくるのだった。    そのときふと、飛鳥の頬にひと筋の涙が伝い落ちる。 すると、心の中のあの町の風景も、一緒に遊んだ友達との思い出も、古びた写真屋のショーウィンドウの中の印画紙のように、ぼけて、うす黄色にくすんでいった‥‥‥。 
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!