黄昏どきのユニコーン

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 涙でゆがんだ視点を正しながら、底も抜けた卒業証書の筒を望遠鏡にして覗いてみる。 これが、この筒から見える円形の世界こそが、飛鳥の現実なのだというかのように。  大空が高く青く澄んでいた。 天と地をつなげるようにまっすぐに伸びた一本の給水塔を目で追ってみると、上下がわかなくなる錯覚に襲われて、意識が空の向こうへと行ってしまいそうなる。 あわてて感覚を繋ぎとめようと、そのままゆっくりと視点をおろしてみた。  円形に(かたど)られた世界の中心に、その少女は立っていた。    白く透き通るような肌、潤んでいる大きな瞳は西の方角を、睨むでもなく、ただ一点を遠く、(りん)とした眼差しで見つめている。 栗色のポニーテールの後れ毛が、小さな風にさらさらとそよぐ。 華奢な姿だが弱さは感じない。 美術の教科書で見た、どこかの国を救ったという絵画の少女を思い出させた。     時間がとまってゆく感覚が飛鳥を包む。 たった数秒かもしれない。 飛鳥は、切り抜かれた非現実の世界の中で、視線が、呼吸が、心が、この場所に縫いとめられていくのを感じていた。    そのとき少女は、一点に見つめる瞳の方角に、ゆっくりと右手を差し出しだした。 射し示すの指が、生えたての象牙のように乳白色に陽の光を透過させている。 そして、一本の美しい角を思わせるその指先が、円を描くように周りの空気を巻き込んでいくのがはっきりと見えていた。  飛鳥は勇気をだして、筒の望遠鏡から目線をはずしてみる。
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