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第一話・彼女は抱き枕
オレは昨日も酔っぱらって帰ってきて、そのまま寝てしまったようだ。朝を告げる小鳥たちの鳴き声が聞こえる。
嫌なのは、目覚ましがなくとも会社に遅れないくらいには起きてしまう事だ。
たまには、盛大に寝坊して部長に何回も頭を下げてみたいものだ。
バカな事考えてないで支度しようと洗面台と向き合った。
いつも目慣れた、普通より上だとは思うが冴えない顔した自分が立っていた。
「彼女欲しいとは、そこまで思ってはいないが……出会いが欲しい……」
左手で歯を磨き右手で軽く寝癖を直す。
冷蔵庫に買ってあるウイダーinゼリーを口に咥えU字の肌着の上からYシャツを羽織ネクタイを締める。
「さあ、今日も頑張るか!」
鏡に言い聞かせ玄関を出た。
・・・・・・・・・
住宅地を抜け、10年以上無縁な商店街を抜け、家から10分位で駅に着く。
人混みに紛れ電車に乗り、またまた10分位で目的の駅に着く。
駅を出て毎日の様に上司と軽く呑んで帰る、呑み屋街を通り、駅から10分位で会社に到着する。
オフィスに入ると「奏太くんおはよう!」
と、いつも元気にあいさつしてくれる部長、オレはにこやかに「おはようございます」と返した。
「今日も一杯いくか?」
本当にこの方は好きだなあと、オレは笑みを浮かべ「喜んで!是非ともお願いします!」と答える。
すると、ようやく朝のルーティングが全て終りオレの1日が始まった。
「今日は、給料日だ!頑張って行こう!」と部長が全体にカツを入れた。
そうか、今日は給料日か……また、あそこに誘われるのかな……。
・・・・・・・・・
定時の17時を過ぎ、軽く残業して18時半頃。
「奏太くん!行こうか!」と部長が口元で指を、くいっとして見せた。
「少々お待ちください!後、10分でまとまります。」
書類を整理しファイルにまとめ、部長に笑顔で振り向いた。
「部長お待たせしました!」
するといつものメンバーである、向かいに座っている後輩の元気くん……実名・元気が手を挙げた。
「僕も行きたいです!」
元気くんは元気である。
それからもう一人のいつものメンバー、紅一点、シュシュをまとったサイドポニーテールを肩に流し、目がぱっちりで可愛い柚菜ちゃんも手を挙げた。
「私も行きたいです!」
しかし、部長は難しい顔をした。
「ごめんよ、柚菜ちゃん。今日は給料日だから、独身野郎だけで行くんだよ~。」
「まったく!何処に行ってるのやら!わかりましたよ!ほどほどにしないとダメですよ!」
彼女はオレの方にも振り向き、オレの胸に右手の人差し指を立てるように置くとニッコリとした笑顔を見せた。
「奏太さんもダメですからね。」
この娘に彼氏がいないのが信じられないと正直思う。
・・・・・・・・・
いつもの呑み屋のテーブルに着き、先ずはビールを3つ頼むため手を挙げた。
「すみませ~ん。」
オレが呼ぶと、いつも見慣れた女の子が来てくれる。
デニムの短パンにエプロンで「はーい」と活発そうな女の子がやってくる。
「いらっしゃいませ!今日は女性の方はいらっしゃらないんですね!まずビール3つで良いですか?」
「それで頼みます!」
「はーい」
オレらは常連だから話が速くて良い。
ビールが来たらとりあえず乾杯をして、焼き鳥を頼み、もつ煮を頼み、最近のトレンドを話したり、会社の愚痴をしながら楽しい時間が過ぎた。
・・・・・・・・・
みんなが程よく酔っぱらって、お腹いっぱいになったところで、部長がニタニタと見回した。
「さあて!そろそろ行きますか?オフロへ!」
はぁー、やっぱり誘いが来たか……。気が乗らないんだよなぁ。
オフロとはソープランドだ、風俗だ。
「すみません。オレは、ちょっとローンで高いもの買っちゃって……家計が苦しいので、すみませんが……。」
「えー、先輩!もう3ヶ月も行ってないじゃないですかあ!」
元気くんは元気だなあ……。ローンなんて嘘とは言えない。
「まあ、仕方ないよな。ローンはキツい。奢ってやりたいところではあるが、パチンコ最近負けてるからなあ、今度、パチンコ勝ったら二人とも奢ってやるよ。うん、わかった。じゃあ気を付けて帰れよ!」
と、部長は優しく手を振ってくれた……。オレは駅へと歩き始めた。
一人、帰り道を歩くと考えてしまう。
今年で35になる。最近、まったく性欲がない。
すぐ疲れてしまう……。調べてみると男の更年期障害は35歳位だそうだ……たぶんそれだ。
会社も建築系だから女性との交流は皆無。
職場の柚菜ちゃんも、最初は彼氏いるのかな?いないのかな?と牽制している間に時間が過ぎ、もうそんな関係を望めるような間柄ではなくなってまった……、て、オレのやる気がないだけか?
まあ、そんなこんなでもう10年以上一人のままだ。
寂しいのか、寂しくないのかよくわからない。
帰りの電車に乗り、10分揺られ、また降りる。
しかし、家に帰っても誰もいないし、うまく寝付けない、自慰は疲れるからしたくないし……。
だから駅前のチェーン店の呑み屋に一人で入って眠くなるまで飲んでいく。
これがここ最近のオレだ。
寂しいのかな?よくわからん。
そう呟いて焼酎を呑んだ。
・・・・・・・・・
帰り道、少し呑み過ぎたと、公園に寄った。ベンチはないかなと。
すると、奇妙な先約がいた。
制服をみる限り女子高生か?
肩位のウェーブがかった髪、ミニスカートで膝を抱えてベンチに座っていた。
パンツ見えちゃうぞって言うおうと思ったけど、めまいで座りたい気持ちの方が勝っていて「ちょっとごめん」としか言葉が出ないまま彼女の横に座った。
あ……あ……今日はちょっと飲み過ぎた。
それにしても、横の彼女はなんでこんな夜中に?落ち着いたら聞いてみよう……。
・・・・・・・・・
頬に当たる冷たい感触で目を覚ました。
見えるのは静かな夜空、どうやら公園のベンチで少々寝てしまったらしい。
頬の冷たい感触に横を見ると、先ほどの女子高生がオレの頬にミネラルウオーターを当てていた。
「飲む?」
「ありがとう。」
その彼女の可愛らしい顔には泣き後があった。
「こんなところで一人でいたら危ないよ。どうしたの?家出?」
「うん、そう。」
「お金あげるから、満喫でも泊まる?」
彼女は答えず顔を伏せてしまった。
「どうした?大丈夫か?」
「私ね、このまま誰かに拾われてしまえば良いと思っていたの。」
「そんな危ないことするなって。マジ止めといた方が良い。金やるから満喫行きなよ。」
「明日もくれるの?」
「え?それは……。」正直毎日こられるとキツいな……。
「なら……。」
彼女は、オレの左手を背中から回して乳房に当てる。
そして、白くしなやかな脚をオレの脚に大胆に乗せてきた。
「エッチして良いから何日か泊めてよ。」
「いやいや、そんな不謹慎な!そもそも君は中学生?高校生?犯罪になる可能性だってあるだろ!ダメだよ!ダメダメ!」
正直、彼女は可愛く色っぽさもある。
しかしながら、今のオレを奮い立たせることは出来ていなかった。たぶんオレがもっと若ければ今すぐにでも、公園の公衆トイレに連れ込んで行為に及んでいたかも知れない。本当に今のオレは残念な男だと不謹慎にも少し思った。
「お金あげるから帰りなよ。」
帰りなよと言う言葉に彼女は何かを思い出すように泣いてしまいそうな顔を見せた。
「帰りたくない……。」
彼女がうつ向くと月明かりに雫が溢れたのが見えた。
「私、何でもしますから……泊めて下さい。……めちゃくちゃにして欲しいくらいなんです。」
オレはこの後、なんであんなことを言ってしまったんだろうと後悔する事となる。
たぶん酔っぱらっていたせいだと思う。
ただ、本音だったのだと思う。
「わかった。じゃあオレの抱き枕になってくれ。」
オレは自分でも何を行っているのかわからなかったが止まらなかった。きっと彼女の涙にあてられたのだろう。
「正直、一人で寝るのが寂しい。それに女の子に泣きながらお願いされるなんて、オレが偉そうでなんだか嫌だ。だからオレから頼むよ。オレの抱き枕になってくれ。」
バカな事を言ったと思った。
彼女は涙を流しながらオレを見つめ、「なにそれ~」と微笑んだ。
そして今、オレのアパートの玄関を2人で潜った。
ウイダーinゼリー殻ばかり入ったごみ袋、敷いたままの布団、余計なものがなにもないこの部屋。
オレはもう眠くて眠くて布団に転がった。
「おいで。」
そして、彼女を腕へと誘い込んだ。
彼女を背中から抱き締めた。
少女とは言え女性だ、良い香りがする。
そして、柔らかい。
ズボンだけ熱かったので脱いだ。彼女の脚がすべすべでふわふわで気持ちいい。
そして、彼女の脚の間にオレの脚を滑り込ませると何だか温かくて気持ちいい。
人の温もりなんて何年ぶりか?心地良い気持ちで眠りについた。
・・・・・・・・・
いつもの様にちょうど良い時間に目が覚めた。
いつもと違うのは見知らぬ彼女が隣に寝ている事か。
置き手紙を書いた。
『1万円置いて行きます。好きに使ってください。後、合鍵置いときますので帰るときは鍵を閉めてポストに入れといて下さい。』
寝ている彼女を見た。可愛い寝顔だ。そして、白いパンチラも見えた。今日は良い日になりそうだ。
昨日は風呂に入れなかったからシャワーを浴び。
また、ウイダーinゼリーを咥えて家を出た。
・・・・・・・・・
「おはよう!奏太くん!今日も軽く一杯どうだい?」
部長は今日も元気だ、いや、今日は特に元気かな、昨日は楽しかったみたいだ。
「部長おはようございます。是非ともお願いします。」
「ふわあ~おはようございます。先輩。」
部長とは逆に朝は元気のない元気くん。
「おはよう元気くん!」
席についた時、柚菜ちゃんも出勤してきた。
「おはようございます部長。おはようございます元気くん。ほらあ、元気くんしっかりしなさぁい。」
そして、彼女はオレを見た。今日も長いまつ毛をカールさせて、ぱっちりとした目でオレを見た。
自然な感じの軽いメイクで可愛いい口元。
「おはようございます奏太さん。昨日は行ったんですか?」
「おはよう柚菜ちゃん、いや、オレは行かなかったよ。」
彼女は軽く微笑んだ。
「素敵ですね。」
「あつい、朝からあついぞこのオフィス……」
ぐでっとしながら言った元気くんに柚菜ちゃんは軽く手刀をおろした。
「そういう訳じゃありません!思った事を言っただけです!グダグダしないの!」
朝から楽しい。この職場は人に恵まれた良い職場だと思う。
・・・・・・・・・
今日も、少しの残業を終えて1日が終わったーと、背伸びをした。
部長がニヤニヤしながら「一杯行こうか?」と指をクイクイしている。
「行きますか!」
「今日は私も行きます!」
「僕もー!」と柚菜ちゃんと元気くんも続いた。
今日もいつもの呑み屋にやって来た。いつもの短パンエプロンの元気な女の子にビールを注文した。
「はぁ~、1日ぶりのビールだわぁ~。」
「宅飲みはしてないのかい?」
「だってぇ一人で飲むのは好きじゃないんですもん。」
「ふーん、何もしないで寝るんすか?」
「私も女性なのよ。そういう時は美味しい料理を作って食べるのよ。」
「お!女子力アピールっすね!」
自慢気な柚菜ちゃんに少し気になったので聞いてみた。
「柚菜ちゃんどんな料理作ったの?」
「それはステーキです!美味しそうな高目の買ってきて一人占めして食べるんです!」
「柚菜さん!それ逆に女子力さがってるっすよ!どっちかって言うと男飯じゃないすか」
ケラケラ笑う元気くんに手刀が振り下ろされた。
そんなこんなで、ビールが届いたので乾杯!
みんな良い呑みっぷり、柚菜ちゃんも白ひげ付けて、ぷはぁーっと吐息をはいた。
焼き鳥、もつ煮、サラダ、お新香、唐揚げ、砂肝じゃがバター……あっという間にテーブルが埋まってそれぞれ好きなように食べた。
「そういえば、奏太先輩は彼女とか作らないんですか?」
あんまり触れて欲しくないところだな~。最近本当に異性へのやる気というものがなくってなぁ……昨日も……ここは話せないけど……。
「う~ん、何だか一人が楽でねぇ。もう年齢が年齢だから付き合うとしたら結婚前提じゃん?結婚生活って何だかよく想像出来ないんだよねえ~。そうすると余計難しく考えちゃって尚更一人が良いかなぁって気がしてしまうんだ……。」
「奏太さん!わかります!」
口にお髭のついた柚菜ちゃんが飛び付くように反応した。
「結婚生活って考えちゃいますよね!働いても良いのか?家に入らないと行けないのか?そうしたらお金はどうなるのか?自分の時間はなくなってしまうのか……考えちゃいますよね~。」
彼女は立派な泡の髭を携え遠い目を見せた。
・・・・・・・・・
今日もお腹いっぱいになったところで解散となった。
今日も、いつものように自分家の最寄りの駅で眠くなるまで飲んで家に帰ってシャワー浴びて寝ようと思った。
昨日の彼女は帰ったよな?大丈夫だろうと呑み屋ののれんを潜った。
今日も良い感じに眠くなった。もう、このまま倒れ混めば寝れそうな位に眠くなった。
でも、シャワーは浴びた方が良いな、明日の朝が大変だし。
もう今日は良い日だった。酔っぱらって気持ちいいし。車に引かれないように気を付けないと。死にとうない……。早く帰ろ。
何とか自分のアパートにたどり着き玄関のノブに手をかけた。
その時、中から足音がした。
「おかえりなさい」
驚きはした、驚きはしたけど、久しく聞いていない心温まるワードに心を打たれてきょとんとしてしまった。
そこにはふわふわとした生地で半袖短パンの可愛らしいパジャマを着た昨日の彼女が立っていた。
「ずっと待ってたんだよ。私はあなたの抱き枕だし。もう眠いよ早く寝よう。」
「お、おう。」
きょとんとしていると
「あ、これ?」と彼女はパジャマをクルクルと見せた。
「可愛いでしょ?買ったの。喜んでくれるかなと思って。フワフワだよ。」
「可愛い、すげぇ可愛いと思う……て、そういう事ではなくて!帰らなかったの?」
「うん……ダメ?」
う~ん、ダメなんだけどなぁ……。とりあえず疲れた寝たい!もう良いよ!
「まあ、仕方ないか。とりあえずシャワー浴びてくるからちょっと待ってて。」
・・・・・・・・・
打ち付けるシャワーに少しだけ頭が覚醒していく。これで良いのかと?思う。
ああ、明日は呑みに行かず早く帰るか……。
シャワーから出ると。彼女はちょこんと座って待っていた。
「抱いて下さい。」
「言い方に誤解が出そうだよ。こっちおいで。」
彼女を腕に招いた。
甘くそして爽やかさを感じる香り。
柔らかく温かい彼女の頬。
フワフワとした胸の膨らみ。
短パン越しから感じる良い丸みのお尻。
すべすべで少し汗ばんだ脚。
全てがオレを安心させて眠気を誘う。これが人の温もり。
「ねえ」と彼女が声をかけた。
「名前何て言うの教えて?」
「奏太だよ。」
「私はさやか。」
「そうか。」
「ねえ、奏太さんならエッチしても良いんだよ?」
「そんな気分じゃないんだ。寝よう。」
「そうか、良かった。私、したことないから少し怖かった……。」
彼女の話を聞き終える前に、オレはもう眠っていた。
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