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1日目【腹痛】
最近どうにもお腹の調子がおかしいのです。
社会人3年目の25歳になるまで、体調を崩して寝込んだことなど一度としてありませんでした。毎朝毎昼毎晩、欠かさずエネルギーを補給し続け、バキバキと運動を頑張り続け、すやすやとスリープモードをとり続け、健康優良な試作品代表格と自負していましたが、とうとう今日、体調を崩してしまったようなのです。
一つ、誇りにしていた物を失った気分でした。
別に誰かに自慢していたわけでもないのに、ショックです。
「どうしたのよ、私のお腹ちゃん。いきなりストライキ起こさないでよ」
グーを作って自分のお腹をぽこぽこと殴りつけます。痛みは更に増し、瞬時に今の行動を後悔しました。
──腹痛を治すには、どうしたらよかったでしょう。
脳内コンピュータにアクセスして、検索をかけてみました。最近の社会では有益な情報と無益な情報が3:7の割合でミックスされているので情報収集も楽じゃありませんが、おそらく腹痛に効くであろう情報は割とすぐに見つかりました。
情報を読み、ふむふむと頷きます。最近の治療法はとても先進的で、目からネジが落ちそうでした。
──それでは、早速試してみましょう。
私は自身の胸の辺りを、右手に備え付けたプラズマカッターで横に一刀両断し、上半身をブースターで飛翔させながら、下半身に向かい合いました。
私の自慢の身体が目に入ります。身長は低いながらも、盛りを迎えた胸とむっちりとした太ももがチャームポイントです。
チャームポイントはさておき、検索結果で得た情報通りに、人差し指の爪を剥がして、中からマイナスドライバーの芯を露出させると、それを私のおへそに突き刺し、ぐりぐりと回しました。
おへそに仕込まれたマイナスネジがくるくると回り、それが取れると、ぱかりと腹部パネルが外向きに開きました。
「初めて見たけど……やっぱグロいな。私の体」
中に広がっていたのは無数の歯車と、蒸気機関、鉄で作られた肉壁でした。人体はとても生々しいので、医学生なんかはここで進路を諦める人もいるとのことですが、確かに納得できるものでした。
「さて、腹痛の原因は、と。──なるほど、あいつか」
きょろきょろと、幼年期の子どものように中を見渡していると、人体にそぐわない異形のものがありました。
「あぁ……なるほど、そういうことか」
それは、形を持たないものでした。
どんな型にもあてはまり、どんな場所にも溶け込む、驚異の存在でした。
それが、天井からぽたぽたと落ちて、絶賛稼働中の歯車達に降り注いでいたのです。
「そういえば、昨日の夜、ジュース飲んじゃったんだった、私」
それは、オレンジジュースでした。
昨晩、職場の方からいただき、断りきれずにもらってしまい、どうしても飲まなくてはいけなかったのでした。
正直、私が飲んだらどうなってしまうのだろうと好奇心があり、現実に目を瞑って事の成り行きを楽しもうとした私が原因でした。
「あぁ、もう……タオルあったっけ。さっさと拭いて、最高級オイルを飲まないと。やってらんないわ」
上半身、両手までの身体で洗面所へ向かい、タオルを持ってきてオレンジジュースを拭きます。
私は、人間によく似た存在、人造人間。
人間に混じって生きていくのは、やはり大変です。
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