不完全変態

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 相変わらず蝉は鳴いていた。いや、セミが鳴いているのではない。鳴いているのがセミなんだ。特に何もかわらないだろうが、重要なことだ。別に鳴いているのはセミでも俺でも、ババァでも、カラスでもなんでもいい、勝手でしょうがと言い張るのだ。だったら俺も全力で泣いてやろう。沖縄そばを食べ終わったら。 「あんた仕事はちゃんとしてるのかい?」 「うるせえな、関係ねえだろ」 「駄目だよ、パチンコとか競馬とかにはまっちゃ」 「しねぇよ」    パチンコも競馬もしない。もともとお酒もたばこもお金の無駄だと思っている。そんなものをやって何が楽しいのかわからない。 「こんなに宝くじを買って」  ババァは俺の鞄から大量の宝くじ券を取り出した。 「好きなだけやるから帰ってくれよ」  全部外れていることは言わなかった。  枚数にして1,000枚。総額300,000万。前後賞合わせて7億という夢は儚く散ったのだ。もうただの紙切れになっていた。 「いらないよ。いいかい、どんなにろくでなしでも、仕事だけはしなきゃダメだよ」 「うるせえな」  俺はこれまで4回の自主退職をした。理由は様々だ。上司がやかましい、仕事がつまらない、給料が見合っていない、やる意味がない、めんどくさい、周りの奴らが低能だ、など。  5回目の転職で現実を知った。面接が通らない。原因はわかっている。無能な会社は俺が有能すぎて採用するのを怖がっているのだ。面接で「なぜやめたんですか?」と聞かれ、「つまらなかったので」と答えた時のあの顔は傑作だった。  俺は二度と正社員にはならないし、それに働きたくない。俺を縛れると思うなよ。それに俺にはこの1,000枚の宝くじがある。一生働かなくていいのだ。蝉のように一生鳴くだけでいきていくのだ。そう思っていたが、ついさっき当選結果を見て絶望した。わざわざスーツを着て、引き換えに行く準備は万端だったのに。 「いつまでいんだよ、早く出てけよ」 「何怒ってるんだい、気の短い男だよ全く」  そういいながらベランダに出ていく。すでに焼きそばは空になっていた。柵をつかみ、浮き上がらせた血管を主張させ、消えた。 「あ~あ」  虫かごを見ると蝉はもう動いていなかった。ひっくり返って、無様にお腹をさらして死んでいた。ババァがうるさいから役目を終えたと勘違いしたのだろう。しかしながら、短い命を精いっぱい鳴くことに費やした。その生き方に尊敬の念を抱きながら、黙とうする。涙さえ出てきた。この蝉に蝉三郎という名前を付けてやろうと思った。
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