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異世界に行ったエグマリス・一度目
「俺が最初にサーヤ達の世界に行ったのは七歳の時だった。母上を亡くして一人で泣いていたら、近くの森が光ってね。興味本位で近づいたんだ。それがサーヤ達の世界に続く場所だった」
その日はマリスの母親の葬儀が行われていた。生前母を慕っていた者や両親の知り合いなどが大勢訪れる中、マリスだけが母の死を受け入れられずにいた。
最初こそ母の死を認められず、母の部屋に籠もって泣いて騒いでいたマリスを父や乳母達が宥め様としていたが、次第に弔問客や母の死を悼んで他国から弔電を送って来る者が増えると、マリスの相手をする者は減っていった。
父は弔問に来た人達の、乳母は幼い妹の相手をして、他の者達もそれぞれ忙しそうに立ち回る様になり、誰もマリスを気にする者はいなかった。
だからマリスが母の部屋から離れても誰も気づかなかったのだった。
マリスは最初に厩舎を訪れると、母の愛馬であった白毛の馬であるシャルロッテの元に向かった。シャルロッテはマリス達兄妹が幼い頃から母と共に乗っていただけあって、本来なら無断で入ると嫌がられるはずの馬房の中に入っても、シャルロッテが警戒する事はなかった。
「シャルロッテ、みんながぼくの母上がしんだって言うんだ……ぼくの母上はしんでいないよね……しんでないよね。シャルロッテ……」
マリスはシャルロッテの背にしがみつくと、そのままマリスは声を上げて泣き出した。馬房の中で座っていたシャルロッテは嘶く事も無く、ただじっと我が子の様にマリスを見守ってくれたのであった。
マリスの母は女性騎士団の団長だった。亡くなった時、マリスの母は市中の見回りからの帰り道だったらしい。シャルロッテに乗って女性騎士数人と歩いていたところ、急に建物の影から子供達が出て来た。
突然の事で馬首を返せず、それでもどうにかしてを避けようとした結果、母はシャルロッテから転落した。そして落馬した時に打ち所が悪く、そのまま亡くなってしまった。
マリスがシャルロッテに抱きついて、少しでも母の温もりを感じようとしていると、鼻息の荒い白毛の仔馬が近寄って来た。前の年に生まれたばかりのシャルロッテの娘であるジョセフィーヌだった。
母が亡くなった時、シャルロッテの側にはまだ仔馬だったジョセフィーヌがいた。ジョセフィーヌは母と二人だけの私的の空間であった馬房の中に急に入って来て、母に慣れ慣れしく触れるマリスが許せなかったのだろう。
白い毛を逆立て、鼻息も荒く、母から離れろと言いたげに今にも飛び掛かってきそうであった。
マリスはジョセフィーヌを撫でようと手を伸ばすが、ジョセフィーヌは首を振ると、マリスから離れたところに座ってじっと睨みつけてきたのであった。
そんなジョセフィーヌから目を逸らしてシャルロッテに縋りついていると、厩舎の外から話し声が聞こえて来た。
「王子の様子はどうだ」
「あの様子じゃね~。しばらくは立ち直れないだろう」
外で話しているのは男二人らしい。下町特有の訛りのある話し方から恐らく屋敷の下働きだろう。王子というのはこのアマルフィア王国の王子の事に違いない。
マリスが居る事に気付いていないのか、二人は王子の話をしながら笑い合っていたのだった。
「あんな王子が次期国王で本当にこの国は大丈夫なのかね?」
「さてね。国王もまだ若い。もしかしたら次の王妃を娶るかもしれないよ。歴代の国王にしては珍しく一夫一妻を貫いていたからね」
「次の王妃」という言葉にマリスは反応する。次の王妃という事は、別の女性が王妃の場所に入るという事だ。
今までマリスの母親が居た場所も、いつの日か他の女性が入って来るのだろうか。見知らぬ女性が母の居場所だけではなく、母との思い出や痕跡、父や妹、乳母や使用人達まで、何もかもマリスから奪ってしまうのだろうか。
ーーそれは我慢出来なかった。
「子供もまだ王子と王女の二人だけ。これで王家に何かあったら、この国は終わりだね。その前に次の職を探さなきゃだな」
そのまま男達は「いい仕事があったら紹介してくれよ」と話しながら、厩舎から遠ざかって行った。男達の足音が聞こえなくなると、マリスはシャルロッテから離れて、厩舎を飛び出したのであった。
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