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そうして話している内に、街の入り口に着いた。
マリスはジョセフィーヌから降りると、沙彩に手を貸して馬上から降ろしてくれたのだった。
「少し早いけど、宿に入ろうか。サーヤも疲れただろう?」
ジョセフィーヌの手綱を握って歩きながら、マリスは心配そうに見つめてくる。
その後ろに続きながら、沙彩は頷く。
「そうですね……。なんだか、今日だけで色んな事がありすぎて、頭の中がいっぱいで……」
ただの休暇のはずが、知らない世界にやって来て、追いかけられて、マリスに保護されて、なんだか疲れてしまった。
嘆息を漏らすと、マリスは苦笑したのだった。
「きっと、身体も疲れているだろう。
彼らも仕事とはいえ、サーヤを追いかけ回してしまったからね」
マリスが指す「彼ら」とは、先程、森で追いかけて来た男達の事だろう。
「もしかして、あの人達が森を監視している騎士団の人達なんですか?」
マリスは「ああ」と頷く。
「森から出てしまうと、彼らも行方を追えなくなるから必死だったんだ。でも、怖がらせてしまったね」
男達に追われた時は、ただただ怖かった。
けれども、事情を知った今となっては、なんともなかった。
沙彩は首を振ったのだった。
「追われている時は怖かったです。でも、事情を知った今は平気です」
その言葉に、何故かマリスは安堵したようだった。
「それは良かった。彼らも仕事で追いかけたのであって、悪意は全くないんだ。そこは理解して欲しい」
「はい」
沙彩が頷くと、マリスは笑みを浮かべたのだった。
「着いたよ。ここが今晩の宿だ」
マリスが連れてきてくれたのは、この辺りで一番豪華そうな木造の建物だった。
「ここが……」
沙彩が建物を見ていると、マリスはジョセフィーヌを預けに行こうとした。
慌てて沙彩はその後に続くと、「マリスさん」と呼び止めたのだった。
「私は一緒に行けません。私はこの世界のお金を持っていませんので……。さすがに、ここに泊まるわけには……」
今更だが、沙彩はこの世界のお金を持っていない。
多少、財布には入っているが、それは元の世界でのお金なので、世界が違うなら、当然、お金も違うだろう。
硬貨としての価値がないなら、沙彩が持っているお金は金属の塊でしかない。
こんな宿に泊まれるわけがないと、丁重に固辞しようとすると、マリスは「なんだ、そんな事」と笑っただけだった。
「お金なら心配しないで。サーヤの分も俺が払うから」
「でも、マリスさんに、これ以上、ご迷惑をかけるわけにも……!」
沙彩が俯いていると、ジョセフィーヌごとマリスは近づいて来る。
「迷惑だなんて、俺は全然思ってないよ」
「でも……」
「宿に泊まれないとすると、今夜はどこで過ごすの?」
「それは……。野宿とか……」
雨風が凌げればなんとかなるだろうと思って言ったが、マリスは苦笑しただけだった。
「もし、サーヤが野宿をするなら、俺も一緒に野宿するよ」
「えっ!? マリスさんはちゃんと宿で休んで下さい! 私に付き合わなくていいです!」
沙彩が顔の前で手を振っていると、その手をマリスに掴まれる。
「こんなに可憐な女性を、一人で野宿させるわけにいかないよ。何かあったら大変だ」
「何かあったらって……」
マリスは声を潜めた。
「この辺りも、決して治安が悪いわけじゃない。でも、油断は出来ない。こんな可憐な女性が一人でいるのは危険だ」
「か、可憐って……」
沙彩が赤面している内に、マリスは手を引くと、宿に引っ張って行こうとする。
「マリスさん!」
「言っただろう。俺が必ず守るって……俺を信じて、サーヤ」
マリスの真剣な言葉に、沙彩はただついて行く事しか出来なかった。
この時のマリスが何を考えていたのかは、結局、分からないままだった。
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