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「サーヤ!?」
マリスの声が食堂内に響いた。食堂内の賑わいは鳴りを潜めて、沙彩達に注目が集まったのだった。
「あっ……! も、申し訳ありません!」
「大丈夫ですよ」
顔を真っ青にして給仕の女性は謝ったが、沙彩は首を振った。
酒と思しき飲み物は、沙彩の左肩から腹部、左腕に向かってかかっただけだった。
アルコールのようなツーンした匂いが鼻先を掠めたところから、どうやら、多少、髪や顔にもかかっただろうか。
「アンタ、何してるのよ。鈍臭いわね」
詰め寄っていた女性はさほど濡れていないようだが、何故か沙彩よりも怒っていたのだった。
「申し訳ありません!」
「謝ればいいってものじゃないのよ!? 酒も運べないの!?」
真面目に働いていた給仕の女性よりも、仕事をしないてマリスにうつつを抜かしていた女性の方に問題があるような気がするが、女性は気づいていないようだった。
「すぐに拭くものをお持ちします……!」
「そうしてくれる?」
女性に言われて厨房に戻ろうとしていた給仕の女性を、沙彩は呼び止める。
「私は要りません。丁度、部屋に戻ろうと思っていたんです」
「で、ですが……!」
沙彩は立ち上がると、戸惑っている様子のマリスの顔を見ずに、端的に言った。
「先に部屋に戻っています。マリスさんはごゆっくりどうぞ」
「待って! 俺も一緒に戻るよ……!」
「え〜。もう戻っちゃうの?」
「ようやく、私達だけになれたのに〜?」
立ち上がろうとしたマリスが、取り巻いている女性達に引き止められているのが視界の隅に見えた。
沙彩はそんなマリスを振り返らずに、そそくさと部屋に戻った。
沙彩が出ると、事の成り行きを見守っていたは食堂はすぐに賑わいを見せた。
部屋に戻るまで、沙彩は口をぎゅっと結んでいた。
少しでも力を抜くと、涙が零れ落ちそうだった。
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