俺の姫

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俺の姫

部屋に入ると、中はすっかり暗くなっていた。 明かりもつけずに、すぐにその場で酒で濡れた服を脱いだ。 後で洗って乾かそうと、とりあえず風呂に溜めていた湯を桶に汲んできて、服を浸けたのだった。 (お気に入りの服だったのにね) 沙彩は苦笑する。カーディガンも、ワンピースも、どれもお気に入りの服だ。 今となっては、数少ない沙彩と元の世界を結ぶ大切なモノ。 (私、帰れるのかな……) 使命を果たせれば、元の世界に帰れるとマリスは言っていた。 けれども、その使命とは何だろう。 それは、沙彩が果たせるものなのだろうか。 (もう、何も考えたくないや) 見知らぬ世界にやってきて、見知らぬ人たちに囲まれて、酒をかけられて、もう疲れてしまった。 とりあえず、酒をかけられてベトベトになった髪を洗いたかった。 下着も脱いで一糸纏わぬ姿になると、風呂に入ったのだった。 一番高い部屋だけあって、石鹸やタオルは上質な物が置かれていた。 温度は調整できないがシャワーも浴びて、身体と髪を洗って、多少はすっきりした。ーーそれでも気持ちは晴れなかったが。 浴槽に備え付けの蛇口をひねると、勢いよく湯が出てきた。 先程、半分まで溜めていた浴槽に足し湯をしつつ、丁度良い湯加減にすると、広い浴槽の中で、膝を抱えて顎まで湯に浸かる。 すると、今まで堪えていた目から雫が溢れて、湯の中に消えていったのだった。 (これから、どうなるんだろう……) 不安で胸が押し潰されそうだった。 マリスは優しくしてくれる。けれども、得体が知れない。 王城まで送り届けてくれるらしいが、その後、沙彩はどうなるのだろう。 何をされるのだろうかーー何をさせられるのだろうか。 そこまで考えると、息苦しさを覚えて、息を大きく吸った。 それでも、息苦しくて深呼吸を繰り返していると、その分、目から雫が落ちていったのだった。 「もう、ヤダ。帰りたい……」 ぎゅっと膝を抱えて、涙が溢れるままに任せていると、外から複数の女性の笑い声が聞こえてきた。 先程の食堂で働いている女性たちだろうか。 何を話しているかは聞こえないが、先程の酒をかけられたのを思い出して、だんだん悔しくなってきた。 たまたま通りかかった給仕の女性に肘が当たったように見えたが、あれもわざとぶつけたのだろう。 マリスから沙彩を引き離す為にーーマリスの前で、恥をかかせた。 元の世界でも似たような話を聞くが、まさかこの世界で沙彩がされるとは思わなかった。 「女って、嫌だな。自分が愛される為だけに、他人を蹴落としあって……」 「それは、俺も同感だね」 沙彩の背後から返事が聞こえてくると、不意に上から影が降りてきた。 「えっ……?」 沙彩が頭を上げると、見下ろしてくるエメラルド色の瞳と目が合った。 「良かった。まだ、俺のところに居てくれて」 そこには、薄着になったマリスが、心配そうに沙彩を見つめていたのだった。
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