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「マリスさん、どうして……? だって、さっきまで食堂にいて……」
沙彩は顔を戻すと、胸元を抑えて振り返る。
「先程の女性たちをあしらって戻って来たんだ。外に出ていたら、どうしようかと思っていたけれども……。良かった。ここに居てくれて」
安心したように顔を綻ばせたマリスだったが、何かに気がついたように目を見開くと、沙彩の左頬に手を添える。
「マリスさん……?」
「泣いていたの?」
「え……。ええ」
何を言いたいのか沙彩が戸惑っていると、マリスは顔を近づけてきた。
固まっている沙彩の頬を両手で包むと、指先でそっと目元を拭ってくれたのだった。
「ま、マリスさん!?」
沙彩が飛び跳ねるように、浴槽の中で立ち上がると、クスクスとマリスは笑う。
「そうやって、驚いているサーヤも可愛いよ」
「そうじゃなくて……! 何をするんですか!? 突然!!」
タオルが近くにないのがもどかしい。
胸元を隠していると、マリスは笑ったまま続ける。
「サーヤを守るって言いながら、サーヤを泣かせてしまったから、これくらいはしないとね。それに、せっかく洗うのを手伝いに来たのに、もう洗い終わっているみたいだし」
「濡れてもいいように。服も脱いで身軽で来たのに」と、マリスは残念そうに肩を落とす。
沙彩は徐々に自分の顔が赤くなっていくのを感じたのだった。
「とにかく、私は一人でも大丈夫ですから……! マリスさんは濡れる前に、出てくださ……」
「本当に?」
バチャバチャと湯をかき分けて浴槽に入ると、マリスは近づいて来る。
手で顔を隠しながら後ろに下がっていると、トンと冷たい壁に背中をぶつける。
「マリスさん……」
「さっきだって、あの場で君は怒ることだって、泣くことだって出来た筈だ。でも、どれもしなかった……。それは、どうしてだい?」
「それは……」
マリスが言っているのが、食堂でのことだとわかった。
真っ直ぐに見つめてくるエメラルド色の視線を受けながら、沙彩は考えつつ口を開く。
「マリスさんに迷惑がかかるからで……」
「俺の心配なんてしなくていいのに。それよりも、サーヤの方が心配だよ」
腕を掴まれて、あっと声を上げそうになる。けれども、それをさせない迫力がマリスにあった。
「そうやって、辛いのも、苦しいのも、泣くことさえも我慢して。そんなに俺が頼りない? それとも、君の世界ではそれが当たり前?」
「そんなことは無いです。マリスさんを頼りないと思った事も……」
「じゃあ、どうして、俺を頼ってくれないの?」
「頼ってないってことは……。いたっ!」
「サーヤ!?」
マリスが腕の力を緩めると、痛みを感じた左腕を見つめる。
先程、この世界に来た時にぶつけたところが、赤黒い痣になっていたのだった。
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