263人が本棚に入れています
本棚に追加
水晶玉に両手を翳して、ブツブツと何かを呟くと老婆は、やがて沙彩を見つめたのだった。
「アンタ、本当に珍しいね。こんな占い結果は、なかなか見ないよ」
「それで、どんな結果なんですか……?」
まさか、病気だろうか……。
沙彩が固唾を飲んで見守っていると、老婆はふと笑った。
「そんな酷いものじゃないよ。恋愛に関するものだよ」
「恋愛ですか!?」
ようやく、沙彩にも春がやってきたのだろうか。
これまで、仕事と趣味に全力を費やし気味だった沙彩は、一度も男性と付き合った事がなかった。
本やテレビの中で、あるいは身近な人から、恋人や結婚の話を聞くと羨ましい気持ちになった。
けれども、沙彩の周りには女性がほとんどであり、身近な男性も既婚者かふた回り以上、歳上の人しかいなかったのだった。
「そうさね。男性と出会う事になってる。それも今日」
「今日!?」
「けれども」と、老婆は眉をひそめる。
「男性と出会うけども、その代わりにアンタは大切なモノを失う事になる。……数え切れないくらいに」
「そんな……」
男性と引き換えに、何を失うのだろうか。知りたいような、知りたくないようなそんな気持ちになる。
「失いたくなければ、その男性についていかなければいい。その代わりに、恋する機会が失われるだけさ」
「どちらかしか選べないんですね……。じゃあ、その男性について行くと、大切なモノを失う代わりに、男性を得られると……?」
「ああ。そうさ。その男性はアンタを必ず幸せにする。結婚も、その先も、幸せな未来が待ってるよ」
すると、外から「ここだよ。よく当たると評判の占いの館」と女性の声が聞こえてきたのだった。
「この先生だっけ? よく当たると評判の」
「そうそう。この先生は……始めて見る名前かも」
沙彩は「そろそろ行かないと……」と、立ち上がりながら礼を述べる。
「ありがとうございました。参考になります」
「いいんだよ」と、老婆は笑みを浮かべる。
沙彩が立ち去りかけると、老婆は再度、告げる。
「今日、これから出会う男性を信じてついて行くんだよ。それが、アンタの運命を幸運へと導く」
「はい、ありがとうございます」
沙彩は一礼すると、入って来た女性数人と入れ違うように、占いの館から出たのだった。
(今日、これから出会う男性か……)
占いの館から出た沙彩は、エレベーターが止まるのを待っていた。
男性と言っても、世の中には多くの男性がいる。
道端ですれ違う男性も含めれば、多くの男性と出会う事になる。
(その中から、どうやって運命の男性を見つければいいんだろう)
もしかしたら、占い師に嘘をつかれたのかもしれない。タダで占ってもらったのだ。適当を言った可能性もゼロではない。
そう考えていると、ようやくエレベーターが止まった。
沙彩はエレベーターに乗ると、階下のボタンを押したのだった。
最初のコメントを投稿しよう!