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「お嬢さん、お名前を教えて頂けませんか?」
沙彩の右頰を擦りながら、青年は優しく問いかけてくる。
「さ、沙彩です。槙野沙彩」
頬を赤く染めながら答える沙彩に微笑むと、青年は男達に向き直る。
「後は俺が引き継ぐ。君たちは先に戻って、国王陛下にご報告を」
「で、ですが! 身元が不確かな者と二人きりにするなど……!」
「サーヤは大丈夫だ。俺が保証する」
青年は沙彩に視線を落とすと、「そうだろう?」と問いかける。
「サーヤは、俺に危害を加えようと思ってる?」
ふるふるとサーヤが首を振ると、青年は満足したようだった。
「だそうだ。本人にはそんな意思は全く無いようだ」
「しかし、それでは我らの意味が……」
男達のリーダー格らしき男が慌てるが、青年は何てことも無いように言った。
「こう見えて、俺は騎士団に所属している騎士だ。自分の身くらい自分で守れるさ」
青年は沙彩の肩を抱く。
「俺はサーヤを連れて、ゆっくり戻る。そうだな……。二日程で王城に戻れるだろう。そのように、伝えてくれないか?」
男達は悩んでいるようだったが、やがて「御意」と答えると、沙彩達を追い抜いて山道を降りて行ったのだった。
男達の姿が見えなくなると、青年は「さて」と声を掛けてきた。
「俺たちも暗くなる前に降りようか。今なら、近くの町で夜を明かせるだろうから」
「はい……。あの、貴方はどなたですか? それに、ここは……?」
手を貸してくれる青年に、沙彩がおずおずと答えると、青年は不思議そうな顔をする。
けれども、やがて合点がいったように、「ああ!」と声を上げたのだった。
「ごめん。そういえば、まだ名前を名乗っていなかったね」
青年は沙彩の手を取ると、自らの口元に近づけた。
「俺の名前は、エグマリス。このアマルフィア王国の騎士団に所属している騎士さ」
そうして、青年は、エグマリスは、沙彩の手の甲に口づけを落としたのだった。
(わぁ……わぁ……! 初めて手の甲にキスされた!)
本や映画で外国では知っていたが、されるのは初めてだった。
沙彩が歓喜と感動で固まっていると、エグマリスに手を引かれたのだった。
「サーヤ、俺の手をしっかり握ってついて来て。この辺りは整備がされてないから、足元が悪いんだ」
「はい……。あの、エグマリスさん」
エグマリスに続いて山道を降りていた沙彩は、おずおずと訊ねる。
「マリスでいいよ。サーヤ」
「では、マリスさん。ここはどこなんですか? 日本では無いんですよね……?」
先程の男達の鎧姿や、マリスの軽鎧姿、馬の嘶きから、ここが日本でない事を沙彩は薄々感じていた。
けれども、沙彩が話す日本語が通じており、マリス達が話しているのは日本語だった。
沙彩の問い掛けに、マリスは形の整った眉を上げたのだった。
「サーヤは、ニホンから来たのかい?」
沙彩はこくりと頷く。
「そうです。日本を知っているんですか?」
「まあね……」
マリスは視線を逸らしながら肯定した。何か話しづらい理由でもあるのかもしれない。
それを聞いていいのか悩んでいると、マリスが先に話し出したのだった。
「ここはアマルフィア王国という国なんだ。この場所は、そんなアマルフィア王国と隣国の国境沿いにある森ーーコルヒドレの森だよ。近隣では迷いの森と呼ばれているんだ」
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