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 深夜1時40分。自宅付近のコインパーキングに車を停めると、レンタカーの引き取り確認のメールを送信してから車を降りる。  恭二を起こして大きなショッパーに毛布やクッション、ブランケットを畳んで入れ、ほかの買い物も詰め込む。  一人で歩けると言うのでコートを羽織らせると、めぐみは大きなショッパーとクーラーボックス、二人分のトランクケースを引きずって自宅マンションまで歩く。  深夜の住宅街にガラガラとトランクケースを引きずる音が響く。 「俺持つよ?」 「いいから!それより一人で歩いて平気?」 「ん。へいき」  頓服がまだ効いているのか、ふらつくようだか一人で歩いている。めぐみは安堵しつつも、帰宅したら何か食べさせて薬を飲ませてから寝かせないと、と空っぽに近い冷蔵庫を思い出して頭を抱えていた。  マンションの前に到着すると、カードキーをかざしてエントランスに入る。  コンシェルジュに迎えられ、手伝いを申し出られるが、インフルエンザだと伝えて断ると、自宅に手配した諸々の荷物をあとで部屋まで運んでもらうよう声をかけて、取り急ぎ恭二とエレベーターに乗り込む。  玄関ポーチに一旦荷物を全て置いて、約6日ぶりの自宅のドアを開ける。  恭二に先に中に入るよう促すと、改めて荷物を持って家の中に入る。  靴を脱ぐのすらもたつく恭二を手伝って、抱えるようにベッドに連れて行くと、コートやジャケットを脱がせて、めぐみは自分もコートを脱ぐと、適当な着替えを取り出して、恭二が楽な部屋着に着替えるのを手伝って、手早くシーツを替えてベッドに寝かせる。  思い出したように、換気のために窓を少し開けて暖房も入れる。  取り急ぎ買って来た氷枕を二つ、冷蔵庫に入れて冷やし、それまでは新しい大きめの冷却パックを叩いてタオルで包んで枕と首の間に入れる。  エアコンのスイッチを入れ、リビングの窓も開けると、たまご粥のパウチを鍋に湯を張って温めながら、毛布やクッション、ブランケットの入ったショッパーはソファーに放り投げ、クーラーボックスから中身を取り出すと冷蔵庫にしまう。  インターホンが鳴って、コンシェルジュが荷物を届けてくれたのを玄関で受け取ると、土産があるので明日以降に渡す旨を伝えて送り出す。 「たしか、体温計はあったよね……」  救急箱から体温計を取り出して、恭二の脇に挟んで熱を測る。  キッチンに戻って、すっかり温まったパウチを取り出すと、器に移し入れてスプーンとスポーツドリンクと一緒にベッドに運ぶ。 「恭二?しんどいだろうけど薬飲まなきゃダメだからちょっと食べられるかな」  ぐったりと横たわる恭二にそう声を掛けると、体温計を引き抜き、虚な目でめぐみを見ながら起き上がろうとする恭二を支えて手伝うと、クッションを置いて背もたれのスペースを作り、ベッドに上がってお粥を食べさせる。  熱は39.7度。あまり食欲は無さそうだが、昼もゼリー飲料で済ませているので、胃に負担が掛からないようにお粥を食べさせる。 「ダメだ俺ボーッとする」 「熱が高いから、頓服と薬しっかり飲まないとね。最悪座薬入れるからね」 「んー。お願い」  薬を飲ませて横になるのを手伝うと、冷却シートを取り替えてから食器を下げる。  キッチンで食器をきれいに洗うと、そのまま漂白剤に浸けて簡易除菌する。 「さて。洗濯物を回して、その間に片付けをしないとな」  玄関に置きっ放しのトランクケースのタイヤをきれいに拭き取って家の中に上げると、バスルームに持ち込んで、下着などの小物はネットに入れ、他のも物はそのまま放り込んで洗剤と柔軟剤などをセットして洗濯機を回す。  約6日家を空けていたので、とりあえずフロアモップで掃除を済ませる。ベッドルームの掃除をしていると、うわ言のように恭二がめぐみを呼ぶので髪を撫でて大丈夫だよと声を掛けてやる。  そうして簡易的に床掃除を終わらせると、今度は自宅に送り届けた土産物を開封して冷蔵庫や冷凍庫にしまっていく。 「ふう。掃除はとりあえずこんなもんで良いかな?」  時計を見ると3時前になっている。食器を洗い直して食器カゴに片付ける。  恭二は薬のおかげかぐっすり寝ているらしく、家の中はとても静かだ。  玄関に戻って最後の荷物、結婚式当日に履いていた靴をシューズクローゼットにしまう。  ガーメントバッグを持つと、ベッドルームに移動してバッグからドレスやタキシードを取り出してクローゼットに掛け、バッグを畳んで足元に置いてクローゼットを閉める。 「んー」  恭二が苦しそうに声を上げるので、首筋に手を当てるとかなり熱が高い。頓服だけではダメだったようなので、バッグから座薬を取り出す。  熱いお湯でタオルを絞ると、恭二の臀部を軽く拭いてから、座薬を差し込んで洋服を整えると、充分に冷えた氷枕を冷凍庫から取り出して、タオルで包んで枕と首の間にセットする。  冷却パックは既にぬるくなっていた。 「あ。トランクケース」  バスルームに置きっ放しだったことを思い出し、空になったのを確認すると、中に除菌スプレーを吹き掛けて、シューズクローゼットにしまい入れる。  洗面所で手洗いを済ませて歯を磨くと、うがい薬で改めてうがいする。鏡に映った自分を見て、めぐみはまだ着替えてなかったことに気付く。  ベッドルームに戻ると着替えを済ませ、恭二が脱いだ服も拾い集めてゆっくりと引き戸を閉じて部屋を出る。  洗面所に向かい、脱いだ服をランドリーバスケットに放り込むと、やり残していることはないか確認しながら電気を消していく。  フロアランプを点けてリビングの電気を消すと、買ってあったおにぎりを食べて処方された薬を飲む。 「まさかのインフルエンザか……」  めぐみはまだ営業中のジュールに電話を掛け、披露宴にも出てくれた店長の杉村が居るか確認する。  ちなみに杉村は、ストーカー女事件の現場にも居た一人である。 『もしもし杉村です。めぐみさんからなんて珍しいですね。もしかしてオーナーどうかしたんですか?』 「ごめんなさいこんな時間に」 『いえ、大丈夫ですよ』 「それがね、恭二がインフルエンザに罹ってしまって。まだ熱が高いから、本人から連絡できるのは明日か明後日になるかも知れません」 『え、インフルですか!』 「そうなの。だからしばらくはお店に顔を出せない状況なんですよ」 『分かりました。何かあったら代わりに対応しますね。それにしても災難でしたね。飛行機乗れなかったんじゃないですか?』  「そうなの。さっき車で帰って来たんですよ。バタバタして連絡しそびれてこんな時間にごめんなさいね」 『いやいや!めぐみさんこそ、運転疲れもあるでしょう?早めに連絡入れてくださってありがとうございます』 「じゃあ、本人が連絡でき次第対応させますから。私も業者さんからの連絡とか入ったら確認するようにしますので、申し訳ないけど杉村さんに回しますね」 『それは全然構いませんよ。お大事になさってくださいね』 「ありがとうございます。ご迷惑お掛けします」  杉村の個人携帯の連絡先を控えると、めぐみまでインフルエンザにならないようにと気遣いの言葉を掛けて杉村は電話を切った。 「杉村さん出勤してて良かった」  めぐみはとりあえず安堵して、買って来たお茶をペットボトルのまま飲む。  何気なくスマホを見ると、何件かメッセージが来ている。  佳子や沙苗から土産が届いた報告や、道香からも土産のお礼のメッセージが来ている。  そんな中、職場の同僚から年末年始のスケジュールに関して返信があった。【式で会った時に伝えるつもりだったから、返信遅れてごめん!梶原さんは有休からそのまま年明けの6日までお休みだよ】あ、もう老松さんだねと続き、新婚旅行楽しんでねと可愛らしいスタンプが押されている。 「そっかー。じゃあ年明けまで出社ナシか」  こうなると、有休を取らせてくれた森元と上司に感謝しかない。万が一でも、めぐみはインフルエンザに罹らないように気を付けようと、今更ながらマスクをつける。  ベッドルームの引き戸を静かに開けて、恭二の様子を確認する。首筋に手を当てると少しだが熱が下がっているようだ。座薬が効いたのだろう。  冷却シートがぬるくなっているので、新しい物に取り替える。 「……めぐみ?」 「起こしたかな」 「んー大丈夫。ごめん喉渇いた」 「ここにあるよ」  サイドテーブルからスポーツドリンクを手に取り、しんどそうに起き上がる恭二を支えると、キャップを外して口元にペットボトルを添えてやる。 「今何時?」 「3時半過ぎくらいかな」 「もうそんな?めぐみもしかしてソファーで寝てるの」 「様子が気になるから寝ないけど、リビングにいるよ」 「ごめんね。帰りの運転で疲れてんのに」 「こういうのはお互い様だから、恭二だって逆なら同じことするでしょ?気にしないの」 「そっか」  恭二がもう飲まないというので、ペットボトルに蓋をしてサイドテーブルに置く。 「ごめんめぐみ。トイレ行きたい」 「手伝う?」 「分かんないけど頭フラフラする」 「じゃあ一緒に行こうね」  恭二を抱えるように抱き寄せてトイレへ連れて行く。普段どうしているかは知らないが、座って用を足すように促すと、ドアを閉めて出てくるのを待つ。  トイレを終えた恭二をまた抱えるように支えてベッドルームに連れて行き、ベッドに寝かせて枕元を整える。 「めぐみ」 「どした?」 「手繋いでて」 「良いよ」  ベッドに座ると恭二の手を握り、もう片方の手で優しく髪を撫でる。  5分と経たずに恭二は寝息を立て始める。  もう一度頭を撫でて頬に手を添えると、随分熱は下がっているようだった。  ゆっくりと手をほどいてきちんと布団を掛け直すと、引き戸を少し開けたままリビングのソファーに戻る。  あの様子なら、朝にはきちんとご飯を食べるかも知れない。  野菜はカットして冷凍庫にストックしている。とりあえず米を研いで炊飯器にセットすると、ソファーに戻る。  めぐみはスマホをタップするとネットスーパーで食材や日用品を注文して、空いていた当日夕方4時から6時の便で配達の手配をする。  次に家電量販店のサイトで加湿器と、ついでに必要な物を見繕って注文すると、同じく当日手配が可能なのでネットスーパーと同じ時間帯で配送依頼を掛けた。 「そう言えば先生なんて言ってたっけ。症状が悪化したら病院行けって言ってたかな?ん?私に病院行けって言ってたっけ?」  朝になってから近くの病院に問い合わせてみようと、番号を調べて登録しておく。  ベッドルームを覗くと恭二は寝息を立ててぐっすり眠れているようなので安心する。  めぐみはテレビをつけてボリュームを下げると、適当なBlu-rayを選んで映画を見ながら朝まで時間を潰した。
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