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 マップアプリで現在地を確認して駅に向かう。駅まではそう遠くない。  恭二は重いと言ったが、体力のあるめぐみにしてみれば、ワインボトル四本程度、荷物のうちに入らなかった。  駅に着くと、定期入れをいつものカバンから外さなかったことを後悔しつつ、券売機で切符を買う。  改札を抜けてホームに立つと、ひんやりとした風が吹き抜ける。  左手に残る傷のような紅い痕を見つめて、めぐみは部屋での出来事を思い出す。結婚してくれと言われたが恭二の本心が分からない。  恭二の心は複雑で、肝心の奥底にある本心が見えない。結婚したいという思いは本物かも知れない。けれど相手はめぐみでなくても良い気がする。  到着した電車に乗り込んで、入り口近くの手すりに寄りかかる。  流れる車窓を眺めて恭二とのキスを思い出す。あんなにも甘美で切なく苦しいキスがあるんだろうか。  ふと窓に映る自分の頬に伝う涙が目に入った。  そうか。好きだから恭二の本心が分からなくてモヤモヤするのか。  めぐみはニットの袖口で乱暴に涙を拭き取ると、自宅の最寄駅で電車を降りてマンションを目指す。  途中スーパーに寄って適当に買い物を済ませると、両手いっぱいの荷物を抱えて部屋に帰る。  ワインをすぐに冷蔵庫に放り込み、空いた隙間に買ってきた食材を詰めるように入れる。  部屋に入ってカーテンを開け、窓を開けて換気する。洗濯が必要な洋服を掻き集めると、温泉から持ち帰った下着も放り込んで洗濯機を回し、フロアモップで床を掃除する。 「週末しかこういうことする気が起こらないんだよね」  床掃除をしながら誰に話すともなく独りごちる。  めぐみは気付いてしまった。自分の心に。恭二が好きだと。けれどどうしても恭二の本心がわからない。少なからず好意は抱かれているだろうけれど、愛情と呼べるような深い想いなのかまでは分からない。 「まあ見合いだし、恋愛と形が違っても良いのかな」  掃除を終えると汚れたシートをゴミ箱に投げ捨てて、洗濯物を部屋に干し、その中に恭二のボクサーパンツを見付けて苦笑いする。  めぐみは手抜きで晩ご飯の支度を済ませると、窓を閉めてから、出来上がったご飯をそそくさと食べ終える。  そのまま、まだ観ていなかったレンタルした映画を見てお酒を飲んでいた。  ピコン。スマホに着信があり、テーブルの脇に置いたカバンからスマホを取り出すと、電話には着信履歴と、電話番号で送れるメッセージが一件。 『早くメッセージアプリの登録して』  恭二からだった。  そういえば、めぐみはメッセージアプリをIDで検索できないように設定している。  仕方がないので、佳子からのメールを開いて、アドレスに恭二の連絡先を追加登録すると、そこに記されたIDをコピーし、メッセージアプリの検索バーに貼り付けてヒットした恭二のアカウントを送信先に登録する。 「温泉ご馳走様」  短いメッセージを送る。  一分と経たずに返事が来て、もっと一緒に居たかったと泣いているスタンプが白々しく押されて返ってきた。 「今日のお姉ちゃんに癒してもらって」  メッセージの最後に割れたハートマークをつけて送信する。案の定、薄情者と怒ったスタンプと泣いたスタンプが届いた。  せめて頭が回転してる女性を選ぶようにとメッセージを残すと、すぐにまた本当に浮気しちゃうよと悪魔が笑うスタンプが返ってくる。 「浮気ねえ……」  めぐみは苦笑いをして、死にたかったらどうぞと微笑むマリアのスタンプを送った。  その後もメッセージは届いていたようだが、明日からまた仕事なのでメッセージは放置して、風呂に入る支度をする。  熱いシャワーを浴びながら、抱きしめられた腕を思い出して、左手の薬指に残された烙印のような赤い花弁を見つめる。 「厄介な波に乗ることになったな」  複雑な表情で笑うと、シャワーで掻き消される小さな声でそう呟いて、身体を隅々まで綺麗に洗って風呂を出た。  用意していた寝巻きに着替えて、髪も乾かさずにベッドに倒れ込む。  スマホを手に取って充電すると、届いていたメッセージを確認する。  恭二から他愛もないメッセージが続く中、道香からの家に遊びに来てというほんわかしたメッセージを発見して、心が凪ぐ。  めぐみはリモコンで部屋の電気を消すと、そのまま眠りに就いた。
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