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翌日、仕事を終えて帰宅すると、ふと気になって郵便物を確認する。
げんなりするほどポストに溜まった郵便物の束を引き抜く。しばらく確認しそびれていたのは一目瞭然だった。
エレベーターで自宅のある8階に上がり、部屋に入ると鍵を閉める。
大半はポスティングのチラシ、ショップやサロンからのダイレクトメールや、クレジットの明細、その中に明らかに違和感のある無記名で宛名のない分厚い封筒が紛れ込んでいた。
「なんだこれ」
嫌な予感がするので、めぐみはハサミで封を開ける。カチと何かがハサミに当たって上手く切れない。刃先の角度を変えて、滑り込ませるように開封すると、封筒にはご丁寧に、四辺全てにカッターの刃が貼り付けられていた。
めぐみは手を怪我しないように中身を確認する。写真のようだ。
テーブルにばら撒くように中身をぶち撒けると、恭二がお姉ちゃんとしっぽり愉しんでいる姿が写っている。
「あーそういうことね」
どれもあられもない姿だ。同じ角度の写真ばかりなので動画でも撮られていたのか分からないが、最中の写真がいくつも混ざっている。
添えられた手紙には罵詈雑言と、死ねクソビッチと殴り書きで書かれている。
「いや、クソビッチはそっちだからな」
はあ。と溜め息を吐いて、めぐみは冷静にカッターの刃が取り付けられた封筒、写真の束、バカ丸出しの手書きの手紙を写真に納め、写真と手紙をプリンターでスキャンして二部ずつプリントアウトしていく。
写真と封筒と手紙はジッパー付きの袋に入れる。
その袋と、プリントアウトしたコピー用紙を一部、クリアファイルに入れて、以前ワインを持ち帰るために恭二に借りたトートバッグにそれらを入れる。
「本当、面倒な男だなあ」
溜め息を吐き出して、スマホで恭二の店を調べ、住所をメモに貼り付ける。
めぐみは最寄りの警察署を調べてストーカー被害はどこが窓口か確認すると、嫌がらせの写真が届いた旨を伝えて今から相談に行くと電話を終わらせる。
「だから、頭の回転がある女を選べって言うのよ」
眼光鋭く睨みつけてきた不躾な女を思い出してめぐみはイラついた。
スマホをカバンにしまうと玄関に向かい、鍵を握りしめてまた溜め息を吐き出す。
めぐみは先ほど脱いだばかりのローヒールのパンプスを履くと、トートバッグを肩に掛けて部屋を出て鍵を閉める。
「この扉にスプレーで落書きされるよりはマシかな?」
施錠しながら部屋のドアを見つめて小さく笑う。
マンションの一階にエレベーターで降りると大通りに向かう。タクシーはすぐに拾えた。運転手に警察署へ向かうよう伝えると、恭二に後で店に行くと短いメッセージを送った。
タクシーを降りると、受付でストーカー被害の相談の旨を改めて申し出て、生活安全課に案内される。
担当の女性警官にジッパー付きの袋を渡すと、情けないことに写ってる男性は自分の婚約者である旨を伝える。
封筒に取り付けられたカッターの刃を見て、怪我をしなかったか心配されたが、嫌な予感がしてハサミで開封したので怪我はないと手を広げて見せる。
差出人は恭二と写ってる女性で間違い無いだろう。ポストに入っていたので家が特定されている。
今取れる対策を確認すると、被害届を出して警察署を後にする。
さて。恭二の店は営業しているはずだ。写真をスキャンしてプリントアウトした紙を確認すると、駅に向かって歩き出す。
スマホを確認するが、恭二へのメッセージが既読になっていない。忙しくて読んでないのか、気が付いてないのか分からない。
電車で二駅、ターミナル駅の喧騒の中をマップアプリを頼りに恭二の店を目指す。
「ふう。昨日ぶりだな」
多くのテナントが入った商業ビルの前で溜め息を吐き出すと、めぐみはスマホをカバンにしまってエレベーターに乗り込み3階のボタンを押す。
3階で降りると、恭二の店『ジュール』の扉を開ける。
やはり雰囲気の良い店だ。出来ればこんな用事で来たくなかったが、そうも言っていられない。
今日のめぐみはグレーのリブニットの上から紺のジャケットを羽織り、飾りボタンがついた黒のサブリナパンツ姿である。
入り口で立ち止まっていると、一名様ですかと声を掛けられたので、客ではなく恭二の婚約者ですと告げて左手のダイアモンドリングを見せる。
めぐみより歳上だろうか。この前接客してくれたスタッフとは別の人物だ。彼は、ああ!と納得した表情を浮かべると、申し訳なさそうにオーナーでしたら接客中ですとめぐみを見る。
奢ってもらう予定なのでと伝えると、彼に店の中へ案内してもらう。
カウンターで女性客を相手する恭二が視界に入る。まだめぐみには気が付いていない。
そして恭二が相手する尻も頭も軽そうな女には見覚えがあった。昨日の嫌な視線と繋がる。写真の女だ。
こいつか。めぐみは敢えてその女の隣に座ると、驚いた顔の恭二に向かって、指を揺らして手を振る。
「奢りって約束、まだ使えますか?」
「店の酒全部飲む勢いだね」
めぐみの語調や様子に気付いているのか、恭二は困った顔で笑うと、すぐにめぐみが好きな温泉帰りに仕入れたワインをグラスに注いでくれる。
「ちょっと、お嬢ちゃん。アンタ酒の席でのマナーも知らないのぉ」
「男漁りで獲物取られそうだから必死なんですか?お姉さん」
めぐみは嘲笑する笑顔でそう返すと、恭二が差し出したワインに口をつける。
「やっぱり美味しいですね」
笑い掛けてグラスを置き、だよねと返す恭二と、二人で過ごした温泉での時間を思い出して意味深に笑い合う。
ギリッと奥歯を鳴らす音が隣から聞こえたかと思うと、忙しなく席から立ち上がった女はめぐみのグラスを手に取った。
髪から額に赤い滴がポタポタ流れ落ちる。ワインを浴びせられたのだ。そして女は調子に乗るんじゃないよと大声で罵倒すると、大きく腕を振り上げてめぐみの頬を平手打ちする。
よし、これで正当防衛になる。ほくそ笑んでじっくりと女を見る。
めぐみが動揺もせずに嘲笑しているのがよほど癪に障ったのか、女はもう一度腕を振り上げる。
恭二がそれを制するように声を上げるが、それよりも早く女の腕を素早く掴んで、懐に身体を潜り込ませると、そのまま担いでぶん投げる。
「このアバズレが!てめぇ誰の男に手え出したと思ってんだ!あぁ?」
フロアに打ち付けられて、何が起こったか分からない様子の女は、めぐみの足元で喚いて脚をバタバタさせる。めぐみは計算高く絶対に外傷や跡が残らない投げ方をした。女が騒ぐので綺麗にキマったと安堵する。
そのまま女の腕を捻って締め上げると、膝に体重をかけて身体を押さえ込み、恭二にトートバッグから書類を出すよう低い声で指示を出す。
既にカウンターから出てきていた恭二は、事態が飲み込めない表情をうかべながら、自分がめぐみに渡したトートバッグの中を漁り、クリアファイルを手に取ると愕然とした表情でめぐみを見る。
「ちょっとお兄さんたち、そんな遠巻きに見てないで助けてくれます?悪いけどこの女、私を脅迫してきた悪質なストーカーなんですよ。すぐ通報してくれます?」
日本人形のような大和撫子が血を流して暴れている。騒つく店内で、女性を逃さないように複数のスタッフに声を掛けて立ち上がると、めぐみは血糊のようになった、ワインでベタつく顔を手の甲で拭う。
「めぐみ、コレ……」
「恭二さん?だから言ったでしょう。遊びだろうが本気だろうがどうでも良いけれど、せめて頭の回転がある女を選べって」
ツカツカと歩幅を詰めてめぐみは妖艶に笑い、軽く跳ねて首を鳴らすと、恭二にサマーソルトをお見舞いする。驚いた顔でよろめくが、かろうじてその場に留まる恭二を確認すると、鼻を鳴らし、今度は地鳴りのよう声で、てめぇガチで反省してんのか!と叫んで容赦なくドロップキックを叩き込む。
さすがに耐えきれず、その場に倒れ込んだ恭二の喉仏をローヒールのパンプスで踏み付けると、冷淡に見下して呟く。
「チャンスが欲しければ、きちんと清算してから私に声を掛けなさい?」
言い訳を許さず喉仏を絞めるようにパンプスを食い込ませると、めぐみは左手の指輪を外して手の中でしっかり握り、恭二を押さえ付けていた脚を退けて彼に手を差し伸べる。
立ち上がった恭二に指輪を握らせると、そっと近付き襟首を締め上げて頭を下げさせ、耳元に鋭利な刃物のような声で改めて囁く。
「もし貴方が本当に私が欲しいとして、次に同じようなことを起こしたら、それは貴方が死ぬ時よ?」
突き放すように腕を離すと、あの写真が盗撮なら被害届を出すのね。そう短く言って、店内に警官が入ってきたのを確認すると、赤く腫れ上がった頬を見せ、めぐみはスマホを取り出して、その場で自撮りする。
画像フォルダを開くと、脅迫めいた刃の付いた封筒と、スタッフに拘束されている女性が写った写真、クソビッチと書かれた手紙の画像を見せ、先ほどこの証拠品と被害届を出してきた旨を伝える。
「これから一緒に警察署に出向きます。その前に、そちらの女性に浴びせられたワインを拭き取ってもよろしいですか?」
外ヅラ全開の可憐な大和撫子の姿で警官に尋ねて許可を取ると、カウンターの上の冷えたおしぼりで髪と顔を拭き、騒がせてしまったお詫びですとにっこり微笑んで、恭二に5万円を握らせて店を出た。
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