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「こんばんは」 「そういうの良いから、鍵閉めてくれる?」  恭二に言い置いて、めぐみはさっさと部屋に向かい、途中冷蔵庫からビールを二本取り出す。 「お邪魔します」 「あれ、なんか違くない?」  恭二は店で見た時と雰囲気が違う。その違和感が気になりながらも、とりあえず座ってとめぐみはクッションをベッドから下ろして恭二に座るように声を掛ける。 「そりゃ飛び蹴りでフロアに倒されて踏まれたからね……風呂入って着替えたんだよ」 「ああ。そう言われたら髪と服が温泉の時みたいね」  私はナチュラルでそっちが好きだけどと、めぐみはプルトップに指を掛けて缶ビールを開け、恭二に飲むように勧める。 「いや、俺車で来てるし」 「タクシー乗るか泊まれば良いだけの話でしょ。恭二のパンツもあるし」 「え?」  驚く恭二をよそに、めぐみは自分の缶ビールの蓋を開けてグビグビと喉を鳴らすと、温泉で忘れてたでしょ?洗っといたと言うと、パンツはどうでも良いのよと続けて缶ビールを口から離す。 「で?どうやって納得させるの?」  ベッドにもたれかかってビールを飲むと、恭二の顔を見て言い訳を聞く準備をする。 「どこから聞きたい?」 「何その合コンみたいな質問返し」 「いや、話すことがいっぱいありすぎて」  恭二はビールを一口飲むと、何から話そうかなと難しい顔をする。 「じゃあ、マーキングの話?恭二は見合いの話を受けてからお姉ちゃんと遊んでない。なのにマーキングがついてた。なんで?」 「友達の悪ふざけだよ」 「またクソみたいな言い訳だねえ」 「違うんだよ。そもそも俺が女遊びで荒れたのが、めぐみのせいなんだよ」 「は?話とっ散らかってない?」  恭二はビールを置いて、めぐみの手からもビールを取り上げると、ゆっくりと手を握ってあのねと話し始める。 「俺言ったよね?一目惚れだって」 「……?」  何が言いたいんだとめぐみが眉を寄せる。 「結婚式の話、覚えてる?」 「ああ?ママゴト?」 「俺、あの時にズキュンとやられたんだ」 「え?ロリコンなの!」 「違うよ!」  恭二は母の沙苗から、めぐみは天使のような可愛らしい女の子だと聞かされて、興味本位で家について行った。  そこでめぐみと出会って確かに可愛らしいなと、最初はその程度だったと言う。だからママゴトも可愛い遊びに和みながら相手をしていた。なのに幼いめぐみに唇を奪われた。  しかもキスをした後『きょうちゃんは私の旦那だから浮気したら死ぬ時よ』と笑った顔が少女の顔には見えなかったと言う。 「天使の見た目をした小悪魔に心奪われたんだ」  恭二は困ったように笑って話を続ける。  思春期の自分が保育園児に本気で恋をした。帰る時に縋り付いて泣いた可愛い少女が忘れられない。寝ても覚めてもめぐみのことばかりが頭をよぎる。  10歳ほども違う幼い少女に欲情する自分は異常だと思った。だけどめぐみが頭から離れない。  いけないことのようで恥ずかしくて、それでも気になって沙苗に時折めぐみのことを尋ねた。  沙苗から聞き及ぶめぐみは、気付けば中学生になり、高校生になり、いよいよ大学生になって成人した。  恭二はその時を待っていた。あの少女が大人になるのを待っていた。  沙苗に頼んで見合いをさせるか、改めて佳子を介してめぐみに会わせて欲しいと何度も頼んだ。けれど本気とは思わないのか、あんた10も違うオジサンよ?と軽くあしらい沙苗は取り合わず、それがなかなか叶わない。  沙苗に連れて行かれためぐみの家は場所も覚えていない。打つ手がまるで無く、どうすれば良いか分からない。  結局は沙苗に懇願するしかなかった。もう社会人になっているだろうめぐみを思うと恭二は焦れた。そんなある日、悪い予感が的中したように沙苗からめぐみには彼氏がいるらしいと聞かされた。 「俺の女遊びの始まり」 「そんなことで?」 「俺の天使が他の男に汚されたんだ。正気じゃいられなかったんだよ」  めぐみが他の男に取られた。15年以上大事に大事に思いを募らせてきたのに、呆気なく知らない男に掻っ攫われた。何もかもどうでも良くなった。  めぐみとの思い出が汚されないように唇だけは絶対に許さない。そうルールを決めたが、夜毎オンナを変えて遊んだのは、誰か一人と付き合う事で、めぐみへの純粋な想いが断ち切れ、汚れてしまう気がしたからだ。  そうやって擦れた生活を続けて何年経っただろう?女遊びに明け暮れる恭二を心配したのか、沙苗が見合いをしてみないかと連絡してきた。  当然興味など無かった。  電話口の沙苗の声を聞き流しながら、めぐみはもう結婚したんだろうか。ふと頭を過ぎる。夜毎オンナを変えてただれた生活をしている自分が惨めに思えた。  聞いてるの?と沙苗の口からめぐみの名前が出た。話を途中から聞いていなかったので、ついにめぐみは結婚したのだと思った。  けれど違った。その見合い相手こそがめぐみなのだと聞かされる。随分長い間めぐみこと気にしてたわよねと、アンタお見合いしたがってたじゃない?そう言って沙苗が笑う。  二つ返事で見合いを受けると答えて電話を終わらせた。  恭二はその日から誰も抱いてない。 「抱かなくてもマーキングは出来るよね?」 「めぐみならそう言うと思った」  恭二は笑うとめぐみの頬を撫でて話を続ける。  見合い話が母親同士の戯言から本格的なものになった事で、恭二は見合いで結婚すると周りに触れ回った。まだ見合いすらしていないのにだ。  ならば独身のうちに遊ぼうと、男連中だけで何度か飲み歩いた。ていよく言えばオンナを呼ばないバチェラーパーティーだ。  いよいよめぐみとの見合いが明日に迫った前日、やっとめぐみに会えると思うと舞い上がり、ハメを外してしこたま飲んで泥酔した。マーキング、あのキスマークは悪友がふざけてつけたものだ。 「耳の後ろだけなんて、位置に違和感無かった?」 「確かに。狙いすました感じの、二連の変な位置だった」  なるほどね。めぐみは温泉で感じた違和感の正体に気づいた。本当に女が相手ならあの綺麗な身体はありえない。耳の裏だけに遠慮がちにでなく、身体の至るところにマーキングを残すはずだ。 「耳もかじられたんだよ。今度紹介するよ」 「ははーん?そいつ締めなきゃねえ……」  目が笑ってないめぐみに恭二は懲らしめてやってと笑って頭を撫でると話を続けた。  見合い当日、酔い潰れて起きた時には、部屋で雑魚寝する悪友たちが酒瓶を抱えていた。時計を見て慌ててシャワーを浴びて支度を済ませて家を飛び出した。  沙苗は憑物が落ちたように女遊びを辞めた様子の恭二に、本当に昔から本気でめぐみのことが好きだったのねと心底驚いていた。  分かったのなら絶対結婚出来るように取り計らって欲しいと頭を下げた。 「なんであの時言わなかったの?」 「信じないだろ」 「まあ、信じなかっただろうね」 「長くなったけど、俺の告白はコレくらいかな」  めぐみの手を離すと、ぬるくなって水滴が浮いた缶ビールに手を伸ばす。 「お姉ちゃんとセックスするクセに唇を許さないルールって何」 「どうしてもめぐみとの思い出を汚したくなかったから」 「身体汚れてたら世話ないわ」 「めぐみが他のオトコに汚されたんだ。おかしくならない方が変だろ」 「恭二は温泉でなんで私を抱かなかったの?」  めぐみも缶ビールを手に取ると、チャンスだったでしょ?と首を傾げて問い掛ける。 「大事すぎて……めぐみを汚すようで、抱きしめてキスするのが精一杯だった」 「そりゃそれだけお姉ちゃんと遊んだ身体じゃね。汚す罪悪感はちゃんと有るワケだ」  めぐみが笑ってからかうと、恭二は困った顔で今でもそうだよと呟く。 「なんか、非日常的な場所に行けば切っ掛けみたいなものが生まれる期待はあったかな」 「小さな下心か」  めぐみが恭二にもたれかかって笑う。 「そう。だからその場のノリ?冗談で一緒に風呂入ろうって言ったのに、めぐみは結局断らないし、アレはかなり焦った」 「ああ。あの情熱的なキスね」 「身体は正直だから」 「あのキスは気持ちよかった」 「気持ち良すぎてどうにかなりそうだったよ」  恭二はめぐみの肩を抱くと、髪にキスを落として抱き寄せる腕の力を強める。 「で?長い片思いが実ってどんな気持ち?」 「嬉しいけど、さっきも言ったように俺なんかじゃ、めぐみを汚してしまう気持ちが膨れ上がってきたかな」 「真っさらにしてあげようか?」 「過去は消えないだろ」 「それはどうかな?私の秘密は聞かなくて良いの?」  めぐみは悪戯っぽく笑って恭二の頬にキスをする。 「何?なんか隠してたの?」 「恭二にからかわれたくないから、ちょっと話盛ったんだよね」 「ん?同棲してなかったとか?」  淡い期待のような目線で射抜かれ、一緒には住んでたよと事実を話す。 「……そうなんだ」 「最後までちゃんと聞こうよ」 「それ俺が喜べる展開あるの?」 「お見合いまで漕ぎ着けたんだからワンチャンあるかもよ?」 「期待してない。続きどうぞ」 「確かに一緒に住んでたけど、向こうの稼ぎの問題で同棲じゃなくて同居してた感じかな?」 「それ体裁よく言い方変えただけで一緒のことじゃん」 「まだ続きがあるんだってば」  めぐみは恭二の耳朶に噛みつくと、気が短いと損するよと腕を引っ張る。 「聞きたくないけどどうぞ」  不機嫌な声の恭二を可愛いと思いつつ、めぐみは話を続ける。 「親友にも話してないんだけどね」 「友達にも言ってないことなの?」 「大人ぶりたいワケよ」  どういう意味だ?と恭二が眉を寄せる。 「付き合うからには結婚を考えるって、自分の中では当たり前のことだったの」 「そんなに惚れてたの?」 「違うよ。まあ黙って聞きなよ」  恭二の背中に腕を回して横から抱きしめると、めぐみはその腕の中で話を続ける。 「さっきも言ったけど、向こうの稼ぎの問題でルームシェアすることになって、一つ抱えてた問題が爆発したわけよ」 「……爆発?」  腕の中で小さく笑うめぐみを不思議そうに見て恭二が聞き返す。 「キスすらしたことないし、結婚するまで指一本触れない約束だったの」 「え?」  恭二が驚いて二度見する。当然だ。男と同棲、いや同居だろうが一つ屋根の下に住み、あまつさえ付き合っていたはずなのに。そんなことがあるんだろうか。 「誠実な人でね。ずっとプラトニックな関係を守ってくれた。さすがに手は繋いだことくらいはあるけど、それも数える程度かな」 「つまり?」 「そう。一緒に暮らすようになって、そのプラトニックがキツいって向こうが爆発しちゃったの。それで結婚するか別れるかの二択を迫られたワケよ」 「そりゃ、20代で彼女と一緒に住んでるのに拷問だよね」 「そう?恭二なら我慢してくれそうだけど」 「20年の片思いは筋金入りだけど、嗜む程度に道草食っちゃったからね」 「ははは!確かに摘み食いのプロだったね」  めぐみはお腹を抱えて笑うと、それは別の機会にお灸を据えないとねと恭二の耳朶を引っ張る。 「まあ話を戻すとして。結局は別れる方を選んだの。だってそれってセックスのために結婚しろって言われてるみたいでイヤじゃない?私の気持ちを慮って5年も大切にしてくれてたのはなんだったの?ってね」 「そりゃまあ確かにそう思うだろうね」 「うん。それでなんだか冒険に出たいような気持ちになったんだけど、だからって急に素性の分からない人も怖くて。恭二のことは、お母さんの紹介で沙苗おばさんの息子だからお見合い受けてみようと思ったの」  顔が好みだったしと笑って、そう考えたら昔からこの顔が好きなのかもねと呟く。 「じゃあ……」 「そう。まっさら」 「余計に汚しちゃいけない気がしてきた」 「恭二を白く染めてあげる」 「俺で良いの?後悔しない?」 「こんなに想ってくれる人、他にどこ探せば良いのよ?」 「ああ……めぐみはやっぱり、天使の顔した小悪魔だね」 「大和撫子の顔した般若の間違いなんじゃない?」  恭二の喉仏に指を這わせてゆっくり押し込む。 「般若はもう二度と見たくないかな」  苦笑いでめぐみの指を掴むと、恭二はその手にキスをする。  酷く優しいキスだ。 「恭二こそ私で良いの?自分で言うのもなんだけど、私はギャップがえげつないよ?」 「案外、荒波同士、良い感じにシンクロするんじゃない?」  めぐみの腕を引き寄せて、掌から肘の方へとキスを移していく。 「恭二?」 「なに」 「結婚しようか」 「ならお嬢さん、コレをまたもらってくれるかな」  突き返した指輪がまた左手の薬指で光る。 「キレて突き返してごめんなさい」 「身から出た錆だから掘り返さないで」 「ははは!ウケる」  ケラケラ笑うめぐみを見て恭二は表情を歪める。 「めぐみと違って俺は汚れてるな」 「その歳で純潔な方が奇妙だと思うよ?唇の純潔守ったのは評価してあげるけど。まあ遊び方は褒められたもんじゃないけどね」 「そんな俺で本当に良いの?」 「言ったでしょ。これほどの私マニア、他にどこに居るのよ」 「ありがとう。めぐみ」  めぐみの頬にキスをすると、抱きしめる腕を更に強める。
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