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 有名ブランドの隣にある老舗の宝石店に着いたのは昼の2時。  二人で意見を出し合い、シンプルだが遊び心のあるデザインの結婚指輪は、気鋭のジュエリーデザイナーが手掛けてくれた世界に一組だけのプラチナリングだ。  サイズの微調整を終えてぴったりと指に収まるそれを確認して大満足すると、特注のケースに入れられラッピングされた指輪を受け取り店を出る。 「結局、指輪はギリギリの仕上がりになったね」  恭二の腕に自分の腕を絡めて、宝石店のロゴが入ったビロードの手提げ袋を掲げる。 「でも当日サイズが合わなくて、挙式の後で手直し入れることにならなくてよかったじゃない」  優しくめぐみを見つめると、デザインもイメージどおりに仕上がったよねと恭二が笑う。 「確かにね」  利便性の高い立地の新居に越したことで、大抵の買い物は徒歩圏内で事足りる。平日でも人通りが多い駅前を、人混みをかわしながら二人で歩く。  今日はこのあと家具を見に行く。 「何が足りないかな」 「色々足りないね」 「ダイニングテーブルのセットとリビングのテーブルに合うソファーでしょ」 「あとは剥き出しで置いてるから、AVラックとチェストもあった方が便利だよね?」 「うん。あ!本棚。結局本だけは段ボール開けてない」 「そうだったね」  メモに書いてくれば良かったねと二人で困った顔をする。  ビル一棟丸ごとオリジナルブランドの家具やカトラリー、雑貨などを取り扱う大型店舗に足を踏み入れると、家具を見て回る。  ダイニングテーブルは二人で一目惚れしたウォールナットの6人掛けの物を買うと決め、それならばと、他の家具もテイストを合わせて選んでいく。  幸いな事に、リビングのテーブルも濃いブラウンの中央にガラスが嵌った物なので、テーブルだけが浮くこともない。  ソファーは洗えるタイプの四人掛けの大きなカウチソファーを選ぶ。  本棚やチェストなど一通り選び終えると、全て在庫があるのを確認して配送手配をする。幸いな事に今日の便で空きがあると言うので、そのまま今日で手配する。 「良いのが見つかって良かったね」 「それ考えると、めぐみと俺は物の趣味とか近いものがあるのかもね」 「確かに。結構すぐ決まったもんね」  家具の雰囲気が良かったので、一階のカトラリーや雑貨を取り扱うフロアも見て回る。 「これ可愛いな。お弁当箱新調しようかな」 「これ見てよ。柄の先が肉球だ!」  他愛無い会話をしてショッピングを楽しむ。昨日買わなかった大きめのお皿やサラダボウル、カレー皿やフォークやナイフ、スプーンなどを購入して店を出る。 「公式サイトでも買えるらしいよ?」  恭二はスマホの画面をめぐみに見せると、また欲しければサイトでチェックしても良いかもねと多くなった荷物を抱える。 「重くない?半分持つよ?」 「そんなに貧弱じゃないよ」  帰り道は散歩を楽しみながら途中でスーパーにも寄って食材を買う。スーパーの買い物はもちろんめぐみが持つ。  マンションに帰ると、コンシェルジュの二人にお土産の小さな焼き菓子を渡してエレベーターに乗り込む。  家に帰ると、食材を冷蔵庫にしまい、念のため買った家具を置くことを想定してメジャーで測る。隙間なく詰め込むような事にはならなくて安心する。  家具が到着するまで、めぐみは買ってきた食器を洗って晩ご飯の支度、恭二はフロアモップで掃除をする。 「恭二は家でゆっくりしてて良いの?」 「うん。めぐみの有休みたいなもんだよ」 「新婚旅行から帰ったらバタバタするんじゃない?」 「そうだね。2号店は2月下旬オープン予定だけど、コンセプトが違うから発注ルートも違うしその辺りはバダバタするかな?あ、でもお正月はゆっくり出来ると思うよ」 「あー。年末年始の出勤はどうなんだろう?異動したからスケジュール変わるのかな」  恭二にカバンからスマホを取るようにお願いすると、同僚にメッセージで年末年始の業務スケジュールを確認する。 「受付と広報ってそんなに違うの?」 「んー。受付は完全に暦通りの業務だし定時退社だけど、広報は慣れてきたらプレスリリースとかの仕事も任されるみたい。そうなると外とのやり取りも増えてくるだろうし、土日の出勤もあるみたいだよ」 「そうなんだね。俺心配だよ。めぐみは可愛いから変な虫が寄ってこないか気が気じゃないよ」 「基本的に社内広報がメインだし、取材受付の手配とかだから大丈夫だって。それに私を誰だと思ってんの。虫の駆除くらい容易いわよ」  悪い企みを思いついたような顔をしてめぐみが笑う。 「その顔怖いよ?」 「恭二以外に可愛いなんて言われても虫唾が走るわ」 「嬉しいこと言ってくれるねえ」  掃除を終えた恭二が、晩ご飯はなんなの?とめぐみを後ろから抱きしめる。 「嬉しいも何も本心だからね」  ガパオライスの具材と言ってスプーンですくったミンチを恭二の口に運ぶ。 「随分素直に可愛いこと言うようになったよね。そういうとこ好きだよ」  コレ美味いね!とめぐみの頭を撫でて抱きしめる腕を強める。 「私も好きだよ?」  でも苦しいから腕を外してと脇を開いて恭二の腕をほどく。  グリルのプレートにクッキングシートを敷くと、下処理の済んだエビやホタテ、イカ、パプリカやズッキーニにトマト、じゃがいもとナスに弱火でじっくり火を通す。焼き上がればこれにあとでバジルを利かせたガーリックソースを掛ける。 「あとは生春巻き作ろうと思うんだけど、平気?」 「俺?基本好き嫌いないから大丈夫だよ」  お酒が進みそうだねと恭二が冷蔵庫の脇のワインセラーを覗いている。 「あ!恭二、コンシェルジュさんに配達伝えてなかったよね」 「そっか、事前に言っとかないとダメだったね」  恭二はインターホンから内線で家具の配送があることを伝える。 「便利なような不便なような……」  やり取りを終えると恭二が腕を組む。 「宅配便とか、留守の時も受け取ってもらえるし、慣れたら便利に感じるよ」  笑うめぐみにそうかなあと首を傾け、俺は庶民だからねと困ったように続ける。 「まあ道香が住んでなければ住まなかったのは確かかな」 「マサは御曹司だからねえ」 「相変わらずお義父さんのお店で働いてるんだって?」  グリルの様子を見ながら火を止める。 「うん。たまにらしいけど店に出てるみたいだよ。不思議なことに息抜きになるんだって」 「アイツ変わってるよね。本業もあるくせに道香ほったらかして深夜にバーで働くとか」 「まあ道香ちゃんが了承してるなら良いんじゃない?」  恭二は笑ってそのままマサの昔話を始める。リビングに移動して今度道香に聞かせてやろうと、めぐみはまた悪い顔をしていた。  コンシェルジュからの内線で弾んでいた会話を切り上げ、今日買いに行った家具を配置してもらうと、随分と部屋らしく見栄えが変わった。  家具の配達に来たスタッフに焼き菓子を渡してお礼を言うと、送り出してから念のためコンシェルジュにも内線を入れて搬入が終わったことを伝えておく。 「じゃあ、料理を温めようか!」 「ライスペーパーにこれを包めばいいの?」  めぐみがバットに用意していたスモークサーモンと、カットしたアボカドとクリームチーズを見て、恭二がめぐみの隣に立つ。 「うん。チャチャっと巻いてくれれば良いから。ありがとね」 「これくらい気にしないで良いよ」  恭二は手際良く生春巻きを包んでいく。めぐみはその隣で、グリルのプレートを温め直し、ガパオライスの具材を強火で炒めて余分な油を取り除く。  それぞれお皿に盛り付けると、グリルは鉄板のまま鍋敷の上に置いて、買ったばかりのダイニングテーブルに配膳する。  横長い船のような形のカレー皿にガパオライスを盛り付けて目玉焼きを上に載せる。  恭二が作り終えた生春巻きを包丁で斜めにカットすると、ガラスの器に盛り付けてテーブルに持っていく。 「白ワインで良いかな?」  恭二が手に持っているのはスーパーの特売で買ったカルフォルニアワインだ。 「良いんじゃない?あ、グラスは私が出すからボトル開けてくれる?」  めぐみは棚から背の低いワイングラスを取り出してテーブルにつく。  せっかくなのでと向かい合わせに座ると、恭二は見合いを思い出すねと笑いながらめぐみのグラスにワインを注ぐ。 「マーキングは見当たらないけどね」 「めぐみがつけてくれないからね」  恭二は笑って自分のグラスをめぐみに差し出して、お酌してと甘えた声を出す。 「つけるようなことさせてくれないクセに」  仕方ないなと笑いながらお酌するとボトルを置いて、グリルにソースを回し掛ける。 「そんなに俺に抱かれたいの?」  困った顔で返事すると、恭二はコレは食欲をそそられる匂いだねとグリルから魚介と野菜を小皿に取り分ける。 「んー分かんない」  恭二から小皿を受け取って、さあ食べようかと手を合わせる。 「いただきます」  同時に手を合わせて晩ご飯を楽しむ。 「めぐみって不思議だよね」  何気なく呟いて、これめちゃくちゃ美味いよ!とガパオライスを頬張って恭二はめぐみの顔を見る。 「どの辺が不思議なの?」  生春巻きは味がしっかりしててワインが進むねと、白ワインを一気に煽る。 「だってプラトニックとはいえ、付き合って同棲までした彼氏とそういう気分にならなかったの?」  恭二はグリルを食べると、このソースあとで作り方教えてよとワインを飲む。 「ならなかったね。そりゃ結婚したらいずれはって思ってはいたけど、元カレに対しては気が付いたら仲のいい女友達みたいな感覚だったかな?」 「俺は違うの?」 「どうかな。初対面……お見合いの時だけど、なんかジリジリしたかな」 「どういうこと?」  ワインを飲みながら、恭二は不思議そうな顔をする。 「男性って本当はこういう感じなんだなって。ギラついてる感じ?」  ガパオライスのタマゴを割って崩すと、器用に絡めてスプーンで掬う。 「マジで?俺ギラついてたの?」  生春巻きでワインを楽しみながら、俺そんなにがっついてた?と恭二が声を上げて笑う。 「いやいや。見た目は落ち着いてたけど、目の奥がギラついて獲物を狙ってるような野性的な感じだった」 「そりゃだって、俺は最初からめぐみと結婚する気だったからね。確かにどう口説けばいいかは考えてたよ」 「あとはあの温泉の夜」 「ああ、あれはキツかった」 「フェロモンがダダ漏れだったよね」  雄々しい昂りを触らされた話を持ち出すと、恭二はワインで咽せる。 「あれはあんまりにも無邪気に抱きついて煽るからでしょ!」  おしぼりで口元と手元を拭くと、彼氏がいたならそういう経験もあると思い込んでたしと苦い顔をする。 「私も一目惚れだったのかも。恭二がお姉ちゃんの話ばっかりするから、子供に見られたくなくてあんなことしたのかもね」  バランスよくご飯を食べながら、ワインを飲んで恭二に笑い掛ける。 「あんな話聞かせても、めぐみはしれっとしてるから、本当に俺のこと意識してくれてないと思ってたよ」 「意識してなかったらあんなキスにならないでしょ」 「確かに。そんな手練れてたらそれはそれで耐えられないかな。あのキスでも結構心を抉られたからね」  めちゃくちゃドキドキしたけど同時に傷ついたと恭二は苦笑いする。 「ファーストキスを二回もあげたんだから」 「あんなに熱っぽいキスが本当に初めてだったの?」 「そこ疑う?だったら恭二こそ本当に私以外とキスしたこと無いの?」  私ってキス上手いのかなとめぐみは笑いながら恭二のグラスにワインを注ぐ。 「上手い下手って言うより、相性じゃない?ゾクゾクした」  恭二はワインを飲むと本当にめぐみ以外とはキスしてないよと、ガパオライスを頬張ってそのまま肘をついて考え込む。 「何思い出してるの?」 「いや、温泉から帰って俺の家で急にめぐみに腕を捻り上げられたじゃない?あれってなんだったの?」 「ああ」  そんなこともあったねとめぐみはグリルしたエビの皮を剥がすと、口に放り込んで味を噛みしめる。 「あれ凄いびっくりしたんだけど」  生春巻きをつまみながらワインに手を伸ばす。 「あの時の直感かな?一緒にいたら一線を越えることが起こりそうで、反射的に?」 「ああ。確かに帰したくなくてそんな空気になってたかも」 「あの時は心の変化に頭が追い付かなくて、恭二の本心もよく分からなかったし。そんな状態でなし崩しに抱かれるのは怖かったのかな。多分」  ガパオライスを食べ切ると、あとはつまみと、グリルの野菜と魚介を小皿におかわりする。 「もう一本開ける?」 「うん!」  恭二が立ち上がって今度は赤ワインを持ってくる。目の前で手際良くコルクを引き抜くと、残りを飲み干しためぐみのグラスに新たにその赤ワインを注ぐ。 「俺の本心が分からないって、あれだけ好き好きオーラ出してたのに?」  恭二もガパオライスを食べ終えて、グリルした魚介や野菜を食べながら器用にワインをグラスに注ぐ。 「結婚したいんだろうけど、なんで私に固執してるのかいまいち分からなかったんだよね。好きでいてくれるのは伝わってきたけど、相手は私じゃなくていい気がしたかな」  このワインも美味しいねと、スーパーの特売も侮れないなとめぐみが感心する。 「そうなんだね。俺が初恋拗らせてるの聞いてどう思った?」 「堪らなく愛おしく思ったよ。お姉ちゃん遊びで心を荒ませていったのを思うとちょっと苦しかったし。もっと早く取り持ってくれなかったお母さんと沙苗おばさんを少し恨んだかな?」  小さく笑って、めぐみは素直にそう答える。 「そっか」  恭二も小さく笑って、時間は巻き戻せないからねと少し悔しそうに眉尻を下げた。 「ま、これからたっぷり時間はあるから」  恭二のグラスにワインを注ぐと、めぐみは自分のグラスにもワインを注いで、軽くなったボトルをテーブルに置く。 「遠回りが過ぎるけどここまで来たからね」  恭二はそういうと、料理とワインを平らげた。  食事を終えて二人で洗い物を済ませると、交代で風呂に入り、買ったばかりのソファーに並んで座って身を寄せ合いながら映画を観てからベッドに潜り込む。  恭二の腕の中で、いよいよ明後日に迫った結婚式の話をしながら、当日の流れを二人で再確認する。  二次会などの話も出ている。未婚の参列者にとっては社交場になるという話もある。そんな話を交えつつ、新婚旅行に向けての荷造りをしていないことを思い出して二人で笑うと、明日は荷造りで日が潰れそうだねと、他愛無い話をしながら眠りに就いた。
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