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 10月某日、迎えた見合い当日。  めぐみは髪を変わり結びのハーフアップにして、最低限の服装をしてこいとの母、佳子のお達しを思い出し、オフホワイトのリボンタイブラウスに淡いグレーのツイードジャケットを羽織り、セットアップの膝丈スカートを合わせた。  クーザ・ロイヤルホテルの一階のカフェで佳子と待ち合わせると、身なりに合格をもらい、34階にある創作和食レストランの個室に案内される。  先に来ていた見合い相手、ダイニングバーのオーナーらしい老松恭二と、その母で、めぐみも顔見知りである佳子の友人の沙苗が立ち上がって挨拶をする。  めぐみは恭二と対面した瞬間思った。  ―――こりゃいい波どころかマグロ漁もビックリの大シケだよ!  恭二は下手すると野暮ったくなりそうな長めの前髪を額の左から逆らうように横に流し、そこから覗く綺麗に整えられた眉。はっきりとした二重に少し彫りが深いくっきりとした眼。形の良い鼻に、薄くて大きめの唇。  一見すると、しっとりした大人の色気があり、華やかで人を惹きつける笑顔だが、目の奥はギラついて、めぐみを獲物のように見ている。  そんな恭二は皮肉なことに、写真で見た以上にめぐみの好みの顔立ちである。  しかし恭二は、気付いていないのかわざとなのか、耳の後ろに二箇所、紅い痕をつけて見合いの席にやってきていた。  180センチほどの長身の恭二は、36歳だと聞いている。  光沢のあるダークグレーのスーツにシャツは首元を緩め、スカーフタイを留めるタイリングはシルバーのシンプルなデザインだ。  見合いにしてはド派手な服装に、めぐみはどこのホストだよと悪い目眩がした。  ―――こりゃ飼い犬って忠告かな。  座席の兼ね合いで、両家の母親には紅い痕は見えていないらしい。  恭二がどんな女と付き合っていようがどうでも良いが、程度の低い女遊びをする男なんだなと、容姿以外の第一印象はかなり低い。  母同士が懇意にしている兼ね合いで設けられた席だ。親が同席中は笑顔で対応していたが、あとは若い人同士でとお決まりの文句で二人きりになった途端、めぐみは冷ややかに、且つ冷静に切り出した。 「わざわざお運びいただきましたが、親御さんの顔を立てるためでしょう?お断りの連絡をいただかなくても大丈夫ですから。お疲れ様でした」  にこりと微笑んで、元を取るかのように料理に箸をつける。 「どうして親の顔を立てるためだけだと思うのか聞いても良いかな」  恭二は少し愉快そうに笑うとめぐみを見つめて尋ねる。 「マーキング。もしかして情事のお相手を残してその場からいらしたんですか?」  耳の後ろをトンと指で押さえて満面の笑みで恭二に答えながら、飲みます?とノンアルコールビールを掲げる。 「え?……ああ、なるほどね」  恭二は心当たりがあるらしく、耳の後ろに手を当てて困ったように笑う。 「親だし無下に断れない時もありますよね」  注がれたノンアルコールビールを飲む恭二に、めぐみはそう呟いて淡々と食事をとる。 「どうしてお見合いを受けたのに俺が断ると思うの?」  恭二は料理に箸をつけると、時折めぐみを見ながら、これ美味いねと先程とは違った幼い笑顔を見せる。  ―――このギャップで女遊びしてるのか。  めぐみは、恭二が断らないなら自分から断りを入れようと心に決める。 「そちらがお断りにならないなら、こちらから連絡を入れますよ。歳が離れてるとか、なんとでも理由は作れますし」  本当だ!これ美味しいですね。めぐみは昔からの知り合いのように恭二に気安く返事をする。 「俺としては、それは困るんだけど」 「は?」 「どうやら一目惚れみたい」 「まさかのドMですか……」  めぐみは可哀想な目で恭二を見る。 「あはは!めぐみちゃん面白いね」  恭二は爆笑してお腹を抱えると、めぐみのグラスにノンアルコールビールを注いで、もっと飲んでと自然な笑顔を向ける。 「恭二さんは本当にチャラいですね」  注がれたノンアルコールビールを一気に飲み干すと、真顔で恭二を見る。 「まあ、この歳まで自由にしてきたのは否めないかな」  恭二はめぐみの言葉を否定せずにノンアルコールビールを飲んで、再び箸をすすめる。 「確かに貴方は面白そうだし、はっきり言えば顔も死ぬほどタイプです。だけど女の趣味が悪い。遊ぶにしても本気だとしても、もう少し頭の回転がある女性を選んだ方が良いですよ」 「ははは!頭の回転がある女性って」  恭二は心底おかしそうに爆笑している。 「見合いだと教えたんですか?」 「いや、干渉しないルール守るお姉ちゃんしか相手にしないよ」 「ゲスですね」 「後腐れない方が良いんだよ。この歳でしょ?グイグイ来られても引くから」  恭二は、とても見合い相手に話す内容とは思えない話題を口にする。 「お母様に何か弱みでも握られてるんですか?」  警察の尋問のように、めぐみは眉を寄せて真剣な面持ちで恭二を見る。 「ははは!まさか」 「ならどうしてお見合いなんか」  断る手間が増えるだけじゃないですかと、めぐみはノンアルコールビールを飲み干して、手酌でグラスに新しく注ぐ。 「だってめぐみちゃんがタイプだったから」  箸を止めることなく食事を頬張りながら、こともなげにそう返されて、めぐみは本当にチャラい男だなと顔をしかめる。 「うわぁ、心が顔に出ちゃってるよ」 「気付いてくれて助かります」 「これまたバッサリ斬られたね」  恭二は楽しそうに笑って、めぐみの丁寧な箸遣いを見ている。 「なに見てんですか」 「いや、やっぱり好みだなと思って」 「軽っ」  めぐみはそう返すが、軽薄なのにどこか憎めないのは恭二の魅力なのかも知れない。 「めぐみちゃんは、水族館と動物園どっちが好き?」  ノンアルコールビールを飲み干すと、空になったグラスをめぐみに向け、お酌してと甘えて恭二が質問してくる。 「さあ。遠足で行ったくらいでどっちが好きとかは無いですね」  次からは手酌で飲んでくださいと断りを入れると、めぐみはこれ食べました?と箸をすすめる。 「車と電車と飛行機は?どれが好き?」  めぐみに質問すると、本当だ、これ美味いと恭二はめぐみが勧めた西京焼きを頬張る。 「……さっきから何の話をしてるんですか」  溜め息まじりに吐き出して、めぐみは恭二の顔を真正面から見つめる。 「二人のデートの話でしょ」 「は?」 「少なくとも俺から断りの連絡をする事はないよ」 「じゃあこちらから断るんでお構いなく」 「いやいやいや。そこは親の顔を立てて、デートくらいはしようよ」 「今更親に立てる顔なんか無いでしょうに」  呆れたように恭二を見ると、彼は場にそぐわない驚くほど色っぽい目でめぐみを見ていた。 「じゃあ言い方を変えるね。俺がめぐみちゃんとデートを楽しみたい。それじゃだめ?」 「それ私に何のメリットが有るんですか」  めぐみはノンアルコールビールを煽って恭二を睨む。 「俺が楽しいから、楽しいのお裾分け?」 「は?なんで私が相手しないといけないんですか。んなもん当たり障りのないお姉ちゃんと楽しんだ方が良いじゃないですか」 「やだよ。勘違いされるじゃない」  デートなんかしたら気を持たせるから、お姉ちゃんたちならベッドで充分だと恭二が答える。 「まさか見合い相手までベッドに引き摺り込まないんですよね?」 「それって誘って……」 「ません!」  食い気味に恭二を牽制すると、めぐみは手酌で注いだノンアルコールビールを一気に飲む。 「俺やっぱめぐみちゃんとデートしたいな」 「面白い人ですね」 「呆れてる?褒めてる?」 「わざと聞いてるでしょ」 「はは!バレた?」  恭二は笑うとノンアルコールビールを飲んで、本当に美味いよねと料理を食べる箸をすすめた。
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