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 5日目。  朝6時。ぐっすりと眠る恭二の髪を撫でると、朝風呂に浸かるべくベッドを抜け出して露天風呂に向かう。  昨日洗ったばかりだが、髪や身体をきれいに洗い直してから温泉に浸かる。  寒さは変わらないが、昨日とは打って変わって、厚い雲の隙間から太陽が見える。 「今日の運転は私がしようかな」  なんだかんだで恭二が運転することが多かった。レンタカーはそのまま空港に乗り捨てで大丈夫らしいので、空港まで今日の移動は自分が運転しようとめぐみは決めた。  しばらく湯に浸かってボーッとしていると、カラカラと引き戸が開いて恭二が姿を見せる。 「おはよ」 「よく眠れた?」 「ん。めぐみ抱いてる間はしっかり寝たと思う」  まだ眠そうな恭二だが、アメニティのヘアゴムで前髪をまとめると眠気覚ましに顔を洗い、掛け湯をしてからめぐみの隣に座る。 「もしかして具合い悪い?」  めぐみは恭二の額と耳の下に手を当てる。 「ん?どうかな、ちょっとだけ頭がボーッとするけど眠いだけじゃないかな」 「いや、これ熱ありそうだよ」  めぐみは自分の額と交互に手を当てて改めて手で熱を確認する。 「俺あんま風邪とか引かないんだけどね。昨日の雪で冷えたのかなぁ」  鼻をすすって若干虚な目でめぐみを見る。 「恭二、とりあえず温まったらすぐお風呂出ようね?」 「ん。なんかごめんね」  めぐみにもたれて肩に頭を乗せる。  必要なら病院に連れて行かないといけない。保険証を持っているか確認して、程よく温まったのを見計らうと、一緒に風呂を出てしっかりと身体を拭いて浴衣を羽織って部屋に戻る。  暖房を利かせた部屋で下着を身につけると、昨日用意しておいた服に着替えて恭二にはベッドで寝転がっておくように促して、フロントに体温計が無いか手配を頼む。  すぐに体温計を用意してくれたスタッフに近くの病院や薬局を確認すると、朝食の手配はどうするか確認される。  とりあえず食欲はあるようなので、そのまま部屋に運んでもらうように伝えてスタッフには下がってもらう。 「37.8度か……微妙に高いね」  恭二の脇からピピッと電子音を立てる体温計を引き抜くと、めぐみはどうするべきか思案する。 「そんなに高くないし平気だよ」  起き上がった恭二はとろんとした目で鼻声だ。 「近くに病院あるらしいから、とりあえずご飯食べてすぐチェックアウトしよう。万が一インフルエンザだったら飛行機では帰れないから、それも踏まえて、飛行機のキャンセルと車で帰ることも考えないとね」  めぐみは偏頭痛用の解熱鎮痛剤を持っているが、勝手に飲ませずに病院に行く方が良いだろう。  運ばれきた朝食を、恭二は案の定半分ほど残した。  身支度を整えてトイレも済ませると、忘れ物がないか確認して部屋を出る。  フロントに体温計を返却してチェックアウトを済ませると、そのまま駐車場に向かう。  恭二を助手席に乗り込ませると、二人分の荷物を積み込んで運転席に乗り込む。  目元を覆うように腕を当てる恭二の首筋に手を当てると、先ほどよりも熱が上がっているようだ。  ホテルで聞いた総合病院に向かうと、恭二の財布から保険証を抜き取り、病院で受付を済ませると問診票に記入して診察を待つ。 「ごめんね」  めぐみにもたれかかって恭二が申し訳なさそうに謝る。腕を回して抱き寄せると、その頭を撫でて気にしないでとめぐみは答える。  1時間近く待って診察を受け、念のためインフルエンザの検査をしてもらう。  看護師が用意してくれたマスクを恭二に着けさせると、一旦診察室から出て検査の結果を待つ。 「奥さん、ご主人インフルエンザだね」 「やっぱり……」 「新婚旅行中なんでしょ?災難だね。いつ帰るの?」  医師が電子カルテを打ち込みながら話し掛ける。 「今日の飛行機で帰る予定でしたが、キャンセルして車で連れて帰ります。インフルエンザで泊めてくれる宿を探すのも大変そうですし」 「そうか。じゃあ診断書出してあげるから航空会社に出すと良いよ。それと奥さん用にもお薬出しとくね。妊婦さんでも大丈夫なやつだからしっかり飲んでね。くれぐれも気を付けてね。症状が悪化するようなら帰ってから掛り付けの病院に行くようにしてね」 「はい。ありがとうございます」  高熱からボーッとしている恭二に代わって医師の説明を受けると、そのまま診察室を出て受付で会計を待つ。 「インフルエンザなんか初めてなった」 「これから熱が上がるからね」 「これよりまだ上がんの?怠いな……」  めぐみは思い出したように航空会社に連絡をして、インフルエンザでの飛行機のキャンセル手配を済ませると、後日でも返金が出来る説明を受けて、詳細をメモに取る。  それが済むと、乗り捨てで自宅に帰れるフルフラットのミニバンが無いか、無ければ今乗っている車を自宅付近で乗り捨てできるかを、レンタカーの系列店に確認を取る。  折り返しの連絡を待って、病院の会計を済ませると、そのまま院内の薬局で処方薬を受け取り支払いを済ませる。 「ちょっと買い物に寄るね」 「ん」 「お手洗い大丈夫?」 「平気」  帰宅が深夜になるので、開いたばかりの近くのショッピングモールに立ち寄り、恭二は駐車場で待機させて必要な物を買う。  クッションや毛布、ブランケットと小ぶりなクーラーボックスを買い、ドラッグストアでマスクと冷却シートや氷枕、ティッシュや叩くと冷えて固まる冷却パックなども買っておく。  食料品売り場でスポーツドリンクや、ロックアイス、お茶、口当たりの良いゼリー飲料や適当な食べ物を買い込むと、100均でタオルとポリ袋二種類、紙袋とホッチキスを買って、念のためATMで現金も多めに下ろしておく。  駐車場に戻って、恭二に病院で処方された薬を飲ませると、気休めだが冷却シートを額に貼ってやり、めぐみも処方された薬を飲む。  レンタカーショップからの折り返しの電話で、希望の車が借りられることを確認すると、そのまま問い合わせた最寄りの店を目指す。 「めぐみ……」 「んー?どうした?喉渇いた?」 「ごめんね。サファリパーク行けなくなったね」 「そんなの良いよ。デートの楽しみ増えたから気にしないで。この車だと体勢がキツいだろうから車変えて家まで帰ることにしたよ」  短く説明すると、恭二の頭を撫でて安全運転で移動する。  レンタカーショップで車を乗り換える際、念のため恭二がインフルエンザであることを店員に伝えておく。  乗り捨てを確認してから、24時間レンタルで書類にサインを済ませてカードで決済する。  手早くトランクケースや土産などを積み替え、シートを倒したらすぐに寝転がれるように毛布やブランケット、クッションを置くと恭二を座席に乗せる。  ナビの行き先を自宅最寄り駅に設定すると、叩いて凍り始めた冷却パックをタオルで包み、首元に当てておくよう恭二に渡して、ゆっくりと車を発進させる。  現在の時刻は10時32分。ここから自宅までノンストップでも14時間程度のドライブになる。  ナビに沿ってインターから高速道路で、福岡経由で本州に入る。年末が近いとはいえ平日の高速道路は比較的空いている。  一番近いサービスエリアでお手洗いに立ち寄って、ナマモノの土産をクーラーボックスに入れ、ロックアイスと冷却パックを保冷材代わりにして飲み物なども冷やしておく。  それが終わると、念のために先ほど100均で買ったビニール袋と紙袋でエチケット袋を作ると、恭二に渡しておく。  顔色はそこまで酷くないので、サービスエリアを出て北上して行く。  恭二の様子を見ながら、夜7時過ぎに予定より少し遅れて大阪付近のサービスエリアに到着する。 「お手洗い寄っとこうか」 「ん」  熱のせいかフラフラしているので、コートを羽織らせて多目的トイレに連れて行き、お手洗いを交互に済ませて車に戻る。  恭二の食欲を確認して無理のないようにゼリー飲料を摂らせ、解熱用の頓服と薬を飲ませたら、めぐみも買っておいたサンドイッチを食べる。 「めぐみー」 「何?」 「悪いけどおでこのやつ変えたい。ヒヤっとしなくなった」 「オッケー。ちょっと待ってね」  恭二の額の冷却シートを取り替えてやると、毛布の上からコートを掛けてその背中を撫でる。 「寝苦しいだろうけど、あと6時間くらいだからもうちょっとの辛抱だよ」 「んーありがと。ごめんね」 「気分悪くなったら遠慮せずにすぐ声掛けるんだよ?いいね」 「ん。わかった」  恭二の返事を確認したら、ゆっくりと車を発進させてサービスエリアを出る。  めぐみも運転は嫌いではないが、ここまでの長距離運転は初めてだ。隣に病人を乗せて朝から緊張して運転しっ放しなので、妙に肩が凝る。  気晴らしにラジオをつけていい感じに肩の力を抜いて気分をリセットすると、うわ言のようにめぐみを呼ぶ恭二の脚を撫でながら夜のドライブを続ける。  しばらく走ってようやく名古屋を越えたのが9時半ごろ。パーキングエリアでめぐみは車を降りてお手洗いに立ち寄る。ガソリン補給を済ませると、恭二の様子を見て水分を摂らせる。 「あと4時間くらいだけど、お手洗いは大丈夫?」 「んーたぶん平気」 「そう?すぐ言ってね」  恭二の冷却シートを貼り替えて一息つく。このまま行けば深夜1時から2時までには自宅に到着出来るはずだ。  めぐみは大きく伸びをして再びハンドルを握った。
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