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7
「次は?シャンパン冷えてるよ」
恭二は起き上がると、雑に着たのか浴衣の胸元をはだけさせて無駄にフェロモンを撒き散らす。
「それが計算じゃないなら、そりゃモテますよね、恭二さん」
ベッドから立ち上がると、帯を緩めて浴衣を整えてやると、今度は着崩れないようにしっかりと帯を締め直す。
「お色気作戦は失敗か」
「私に矛先向けずに、華やかなお姉ちゃんを一人でも多く堪能してください」
「俺はこの一輪を愛でたいんだけどな」
めぐみの髪をほどくと、乱れた髪を掬ってキスを落とす。
「はあ……困った人」
めぐみは溜め息を吐き出して、シャンパン飲みましょうと恭二の腰を抱き寄せる。
「めぐみちゃんてお酒強いよね」
「さあ?限界まで飲んだことはないですけど、酔い潰れたことはないですね」
「今度うちの店に来てよ。好きなもの奢るからさ」
「恭二さんは店に出てるんですか?」
「オーナーって言っても、小さなダイニングバーだからね。でも今度2号店の話が出てるよ」
「女遊び以外もやり手なんですね」
「綺麗な華にはやっぱりトゲがあるわけだ」
恭二は器用にシャンパングラスを逆さに持つと、備え付けの冷蔵庫からバケツごとシャンパンを取り出してテーブルに持っていく。
「ツマミがないけど平気?」
「ご飯ガッツリ食べたし大丈夫です」
「じゃあ……」
恭二は手際良くコルクを外すと、シャンパンを溢すことなくグラスに注ぐ。
シュワシュワとキメの細かい泡が立つシャンパンにめぐみの目はうっとりと緩む。グラスを傾けて乾杯すると一気に喉へと流し込む。炭酸の清涼感とキンキンに冷えた液体が喉をカッと熱くする。
「美味しい!凄く飲みやすい」
「地元のワイナリーと提携してる商品らしいよ。明日帰りに寄ってみる?」
「近いんですか」
「うん。帰り道沿いかな」
「楽しみにしてます」
それから明日はどうするか、顔を寄せ合ってスマホのマップアプリで寄り道先を決めたりして、二人の会話に花が咲く。
あっという間にシャンパンを飲み終えると、恭二は運転疲れが出たのか大きなあくびをして伸びをする。
よたよたとベッドに向かい、倒れ込んでめぐみを誘うが、まだ酔いの口なのでもう一度お風呂に入ると断って恭二を残して脱衣場に向かう。
二度目の風呂は一人でまったりと楽しむ。
「ああー贅沢だー」
温泉街が眼下に広がり、祭りの後のような郷愁に駆られる。自分は今なぜここに居るんだろうか。さして女性に困っている様子もない恭二を見ていると、彼がなぜ自分に子供を産ませようとするのか分からない。
「物珍しさと興味本意だろうなあ」
淡い灯りの景色を眺めてぼんやりと呟く。
「興味本位じゃ足りないの?」
「脅かさないでくださいよ」
いつの間に入ってきたのか、恭二が腰に巻いたタオルを外して湯船に入ってくる。
「せっかく来たのに一回だけじゃね」
「酔ってるんじゃないんですか?のぼせますよ」
「酔い覚ましだよ、酔い覚まし」
「血行良くしてどうするんですか」
景色を見るめぐみとは反対側の縁にもたれると、両手を広げて肘を掛け、足だけめぐみの方に伸ばしてちょっかいを出す。
「このエロい足退けてください」
「たまに言うこと聞かないんだよね」
そう言いながらめぐみの臀部を足先でまさぐる。
「……そういうのはお姉ちゃんにしてあげてください。で?次のターゲットは決まってるんですか」
「知らない。向こうが勝手に乳出して乗ってくるから」
「はあ。ごちそうさまです」
めぐみはまともに取り合うのがバカらしくなって、臀部を弄る足をつねると、目線を温泉街に戻して幻想的に揺れる灯りを見つめた。
「めぐみちゃんが俺の荒波を乗りこなしてくれると思ったんだけど、俺の勘違いなのかな」
「そんな手練れじゃありませんよ」
「だけど波打ち際じゃ満足できないでしょ」
「さあ」
「満足できないから5年を清算して別れたんじゃないの?」
「そうなんですかねえ」
洋輔を思い出して細波どころか水溜りの波紋程度だなと、どうしようもない笑いがこみ上げる。
「荒波を乗りこなして、マグロ船に乗り組みなよ」
ざぶんと湯を揺らしてめぐみを背後から抱きしめると、剥き出しのうなじに唇を這わせて恭二が甘い声で囁く。
「私にお姉ちゃん釣るのを手伝えって言うんですか。そんなのは御免ですよ」
「つれないなぁ」
「私への裏切りは死ですから」
「そこまで愛されるにはどうしたら良いのか聞いても良いかな?」
「正直、愛だの恋だの疲れちゃってお休み中です。恭二さんは楽しくて面白いし、私、好きですよ」
「なら乗ってみれば良いじゃない。乗りこなし甲斐あると思うよ」
「そういう駆け引きめいた発言が胡散臭いんですよ。結婚が第一到達点だとして、恭二さん相手だと全く先が見えません。まさに五里霧中」
「じゃあ視界をクリアにすれば良いってこと?そんなに単純なことで良いの?」
「さあ、どうでしょうね。実際できないでしょ?クリアになんて。一番苦手そうだもの」
「分かった。手始めにセックスしようよ」
「ほら出来ない」
めぐみは笑って恭二に口付けると、そうですねぇと顎に手を当てて思案する。
「紅い痕がなくなる日が来たら良いですよ。一生ないでしょうけど」
「辛辣だなぁ。でも痺れちゃう」
「本当ドMですね……」
呆れるめぐみを一層強く抱きしめると、恭二はゾクゾクしちゃうと戯ける。
結局そんなくだらないやりとりをしながら二人で風呂を出た。
脱衣場で恭二はちょっかいを掛けるが、コバエをあしらうようにめぐみがその手を叩き落とす。
素肌に浴衣を纏うと、どうせまた入るからと、腰の高い位置で腰紐を軽く結いてベッドに寝転ぶと、恭二が電気を切ったのか、見上げた天窓から、月と星の明かりが優しく差し込んでいる。
スプリングが軋んで、隣に寝そべる恭二がおいでと腕を差し出す。はだけたその胸元に顔を埋めてめぐみは恭二の懐に入り込む。
「めぐみちゃん……やっぱり俺の奥さんになってよ」
「それなんのメリットがあるんですか」
「俺が幸せ」
「私にはメリット一切ないって聞こえるんですけど気のせいですかね?」
「他の誰にも出来ないこと。俺を幸せにできる権利が手に入るよ」
恭二がしつこく言うのでめぐみは笑う。そんなめぐみを見て恭二はそんなにおかしいかなと困ったように笑う。
少し早く脈打つ心臓の音を聞きながら、めぐみは恭二の言葉を脳内で反芻する。じゃあ私の幸せは?けれどふと思う。俺が楽しいから、俺がしたいから。恭二の身勝手に振り回されているようでいて、めぐみは充分楽しんでいる。
決して嫌いになれない恭二の存在に、やり場のない不満が炸裂して、そのはだけた胸元に触れるだけのキスをする。
「あらめぐみちゃん、随分と大胆ね」
「セックスはしませんよ。他の女にマーキングされるような男は御免です」
「だったら噛むなり食いちぎるなり、めぐみちゃんのものだって証を残してよ。そしたら勝手に跨って喘ぐ女が居なくなるし、一石二鳥じゃない?」
「そんな他力本願な男の面倒見るのも御免ですよ、面倒臭い」
言いながらもめぐみは恭二の胸に唇を落とす。決して愛の証でなく、挑発するように吐息と一緒に熱だけを移す。
「面倒臭いか……ただめぐみちゃんの心が欲しいのにな」
めぐみを愛おしげに優しく抱くと、はだけた胸元を治すこともせずに恭二はゆっくりと目を閉じる。
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