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 慣れない道をナビに沿って運転する。しかも恭二はよほど疲れていたのか助手席で寝息を立てている。  起こさないように、いつも以上に丁寧な運転を心掛けてワイナリーを目指す。  そうして一時間半ほど走るとワイナリーに到着した。  駐車場に車を停めてエンジンを切ると、シートベルトを外して、疲れた顔の眠り王子をキスで起こす。恭二は自分が熟睡していたことに驚いて何度もめぐみに謝る。女遊びもほどほどにねと苦笑いで恭二の頬を撫でると、めぐみは車を降りる。  少し冷えるが、涼やかな良い天気だ。  恭二が助手席から出てきたのを確認すると、車をロックして恭二の腕を取る。  ワイナリーに隣接したレストランでランチを食べると、二人で他愛無い会話を楽しむ。  そのあとワイナリーの見学をして、土産に買うワインに関しては運転があるので、全て恭二に任せてテイスティングをしてもらった。  恭二は仕事の顔で自分の店にワインを卸して貰えないか交渉している様子だったので、めぐみはその場を離れて、製造過程が記されたボードを見て時間を潰した。 「待たせたね」  恭二はつまみらしいソーセージやチーズの入った紙袋と、何本もボトルが入っているらしい箱を抱えていた。 「お店用?良いのが手に入ったって顔に見えるけど。交渉はうまくいったの?」 「ボチボチかな。試しに置かせてもらって、顧客の動向次第だね。国産ワインの方が日本人の口に合う物も増えてきてるんだよ」  恭二が通りやすいように扉を開け放って先導すると、めぐみの何気ない気遣いがよほど嬉しいのか、恭二はご機嫌な表情で車まで歩く。  ロックを解除してトランクを開けると、恭二はずっしりと重い箱を積んで、解放された手をフルフルと振っている。 「さて、どこか寄りたいところが無ければおうちまでお送りしますよ。王子様」 「いや俺が……って飲んだからダメだね」 「そういうこと」  めぐみは笑って恭二を助手席に押し込むと、再び運転席に乗り込んでシートベルトを締める。  エンジンをかけてカーステレオで音楽を流しながら、恭二に家はどの辺りなのか確認する。最寄駅はめぐみの家とそう離れていない。ざっくりと場所を確認すると、恭二の髪を撫でてそのまま頬に手を添える。 「ゆっくり寝て。着いたら起こすから」  唇を親指でなぞると、もう一度寝るように諭して車を出す。  日曜の夕方、上りの高速はそれほど混んでいない。前の車と充分に車間を取りながら高速を走る。  しばらくは起きてめぐみに話し掛けていた恭二だが、やはり疲れが溜まっているのか、気付いた時には助手席で寝息を立てていた。  よほど疲れているのだろう。途中サービスエリアでお手洗いに寄った時も恭二は眠ったままだった。これはこれで自分には気心を許しているのだろうと、めぐみは恭二を抱きしめたい衝動を抑えてハンドルを握る。  長時間のドライブも恭二が安らぐ時間であるならそれで良いと思えた。  なんだ。私この人が好きなのか。  めぐみは心の中で独りごちて苦笑いを浮かべながら車を走らせる。高速を降りて下道を走っていると、喧騒のせいか恭二が目を覚ました。 「あれ?起きちゃったの?」 「あー!めぐみちゃん。本当ごめん。せっかく一緒なのに爆睡するとか最低過ぎる」 「お姉ちゃんとのセックスの話をした口で言われてもね」 「うわ、辛口」 「で?最寄駅付近だけど、ここからどう行けば近いのかな。私この駅は降りたことないから土地勘ないんだよね」 「あー次の交差点で左、入ってすぐの道をまた左。そしたら三つ目のマンションが俺んち」 「左に?あ、ここも左。ん?あの茶色いマンションかな?」 「うん。そのまま駐車場に降りてくれる?降りた右手の一番奥が俺の借りてるとこ」 「はいはーい」  めぐみはハンドルを切ってバックできれいに駐車すると、エンジンを切る。 「少しでも眠れたなら良いんだけど。もしかして今夜は仕事なんじゃないの?無理して私に時間なんて割かなくて良いんだから」 「俺のために好きでやってるの」 「はあ……そういうことにしといてあげる」  めぐみはシートベルトを外して運転席から降りると、トランクを開けて恭二が来るのを待つ。  恭二は車から降りて大きく伸びをすると、トランクから荷物を出す前にめぐみに鍵を渡す。家の鍵だろう。意図を把握してそのまま鍵を受け取ると、恭二が箱を取り出したのを確認してトランクを閉めて車をロックする。  地下からエレベーターに乗り込んで9階まで上がると、恭二の指示で部屋の鍵を開ける。 「とりあえず入って。散らかってるけど」 「お邪魔します」  掃除はこまめにしているのか、雑然としているが埃っぽい感じはしない。だがなぜだろう。異様に酒臭い。床にこぼしでもしたんだろうか。  恭二は箱をキッチンの脇に置くと、しゃがみ込んで中から数本ボトルを取り出す。 「昨日飲んだシャンパンと、これはめぐみちゃんが好きそうな口当たりがいい辛口のワイン。赤もあるよ」 「ありがとう恭二さん。でもそんなに持って帰れるかな……結構重量あるよね」 「抱えて持って帰る気だし」  ジワるとお腹を抱えて笑う恭二に、この時間なら電車の方が早いからと、丈夫な紙袋やトートバッグがないか確認する。 「危ないからタクシー呼ぶし。マジ、抱えて帰るとか本気で言ってるから可愛くて堪んないんだけど」  そう言いながらも肩を揺らして笑っている。恭二の何にそこまでハマったのか分からないが、めぐみは結構本気で持ち帰るつもりである。 「本当に良いから。丈夫なトートバッグ貸してよ。こんな距離でタクシーとかもったいなさ過ぎ。私と結婚したかったらその金銭感覚ちゃんとしてくれなきゃ無理だよ恭二さん」  言い回しの変化に気付いたのか、恭二は驚いた顔をしてめぐみを見つめて固まる。 「トートバッグ貸してくれないなら次のデートは無いよ、良いの?」  めぐみが真面目な顔で恭二を見ると、恭二はフリーズがとけたように、それは困っちゃうねとふざけた返事をするが、目は笑っていない。  あ、またこの顔だ。  めぐみはお見合い当初の品定めするような目付きを思い出して、このタヌキは今皮算用しているぞと、しっかり認識する。 「困っちゃうねー。じゃないんだって。早くバッグ探してよ。ないなら丈夫なショッパーとか無い?黙ってたら勝手に家探しするよ」 「めぐみちゃん……後でタクシー呼ぶから、もう少し家にいてよ」 「やだよ。明日仕事だし部屋も掃除したいし洗濯機回したいしやることいっぱいあるの。恭二さんも今夜仕事に行くんでしょ?私なんかにかまけてないで、仕事の支度とかあるでしょう?ねえ、それよりワイン入れる袋探して」  掴んだはずの手を逆に掴まれて、めぐみは反射的に恭二の腕を捻り上げて背後を取ると、捻った腕を固定して締め上げる。 「ちょ、え?ギブギブ!なに、なんで俺絞められてんの。痛い、痛いって!めぐみちゃん!」 「あ、ごめん」  締め上げる手を緩めると、ゆっくりと恭二の腕を戻して手を離す。もうしないというアピールで両手を上げたままゆっくりと距離をとる。 「なにそれ。護身術?」 「まあ、そんなものかな」  嘘だ。めぐみは合気道と空手の有段者だ。けれど護身という意味では今の動きは正しかった気がする。恭二の目が異様にギラついていた。あの目は危険な気がする。 「トートバッグ?どうしても自分で持って帰るの?」 「うん。それにさっさと帰った方が恭二さん少しでも寛げるでしょ。そう思って思いやると、私が、気分良いの!」  恭二に先を越されまいと、めぐみは胸を張る。そんなめぐみに恭二は困った顔をすると、クローゼットを開けてトートバッグを取り出す。 「あとバスタオル!ボトル同士がぶつからないようにクッション材代わりに使いたい。あ?タオル。普通のタオルで大丈夫。ねえ恭二さん聞いてる?」  恭二からトートバッグを奪うと、めぐみの分と言われたボトルを入れていく。そうしながらもタオル貸してよと恭二に声を掛ける。  恭二は相変わらず困惑した表情で、ちょっと待っててねと言い残すとバスルームに姿を消す。  咄嗟に反応してしまったが、あのホールドはまずかっただろうか。しかしめぐみも素性が明らかな見合い相手とはいえ、身の危険を感じた。ゆえに咄嗟に身を守る動きになってしまった。  近付き過ぎたのか、恭二が何を考えているか分からない。めぐみもまた困惑した表情を浮かべる。 「めぐみちゃん、タオルこれで良い?」  バスルームから戻った恭二は元どおり飄々とした顔で現れた。めぐみを訝しむような様子もない。 「ありがとう。じゃあ使わせてもらうね」  ボトルの間に噛ませるようにタオルを詰めていく。トートバッグは少し膨れ上がったが、これでボトル同士がぶつかって万が一でも割れてしまう心配はない。 「めぐみ……」  頭上からめぐみを呼び捨てにする恭二の声がする。ああ、タヌキは皮算用を終えたのかとめぐみは溜め息を吐き出しながら恭二を見上げる。 「なあに?急に馴れ馴れしいね」 「めぐみ。俺と結婚してくれない?」  恭二はめぐみの手を取って立ち上がらせると、左手の薬指を噛むようにして口付けて紅い花弁を作る。 「雰囲気のないプロポーズね」 「めぐみ。俺が幸せになれるから傍にいて」  めぐみを腕の中に閉じ込めると、嫌わないでとすがるような恭二の目に、めぐみはほだされそうになる。 「私の幸せはどうなるの?それ」 「俺の幸せ分けてあげる」 「おこぼれの幸せかよ」 「お願い。俺が幸せだから」 「すごい自分勝手」  どちらかと言わず深い口付けをかわすと、甘い吐息と唾液が絡む水音が響く。 「めぐみ……」  めぐみを呼ぶ恭二の声が切なく甘い。 「私の幸せは私が決めることでしょ」  めぐみは恭二の唇に噛み付いてギリッと歯を立てると、腕をほどいて甘美な檻から逃げ出すように恭二の傍を離れる。  恭二から渡された鍵をキッチンのカウンターに置くと、めぐみは血の滲んだ恭二の唇を親指でなぞる。 「んっ」  痛みが走るのか、恭二は表情を歪める。 「乗りこなせそうにない波だから乗ってみたくなるだけよ」  興味本位なのだと、めぐみは自分にも言い聞かせるように恭二を見つめる。 「待って。めぐみ!」  トートバッグを持ち上げて帰ろうとするめぐみに恭二が声を掛ける。 「じゃあね、次のデートがあるなら楽しみにしてるから」  めぐみは振り返りもせずに恭二の部屋を出る。
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