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「自分でもそんな所でほっとするなんてって思ったんです、後になってから。でも、多分その時は思っていなかっただけか、考えないようにしていたのか、……きっと、ずっと思ってたんですよね、そうやって。なんにも良くなんてならなかったから、言う通りにして来たのにとか、なんで、なんでって……」  秋知(あきち)は真実を知って、その事実に疑心を覚えるわけでもなかった。秋知(あきち)にとってその真実はどこに向けて良いのかわからない感情の置き所が明確になっただけで十分であったのだろう。それはきっと溜まり溜まった負の感情ではあったはず。〝責任〟や〝原因〟、わかったところで誰かを責められるものではないが、それでも彼女が安心出来たのは、自分は頑張り切れていたのだという自己肯定と、両親は自分の為に出来ることをやり尽くしてくれていたのだという、大きく深い、無条件の愛の存在を実感出来たからなのであろう。  ヒムラは言える言葉が見当たらず、ただ、落とした目線の先にあるカーペットをじっと見つめていた。マチは知れているとしてカケルがどんな顔をしているか確認も出来やしない。けれど沈黙は続き、話し始める前のマチの小さなため息まで随分と経った。 「両親からはこの家に続く呪いの話は聞いたのか」 「はい。九代前の人がしたことで奥さんが自殺して、その子供も見つからないままだって。それでずっと女の子だけが死んでることも」 「これまで冬生(ふゆき)の人間はあんたの呪いをどうにかしようとしてきたはずだ。あんたが見て来て〝どう〟だった」 「それが、両親も私にはそういうことは全然。病院のこともその所為だとは知らされていなかったですし、……って言うと、私が元なのになんだか無責任ですよね。ごめんなさい、でも、きっと両親も私自身には、負担をかけたくないと思ってのことだと思うんです」  「これ以上は」、ヒムラにはその言葉がついて聞こえたような気がした。  今まさに死を前にしている人物に必要以上の負荷を与える必要はない。残る時間の全てが楽しく、一秒でも無駄にはさせたくない。そう思う気持ちはよくわかる。わかるのだが、この場合はどうなのかがわからない。一般的なものとは、確かに状況が違う。  秋知(あきち)自身にはなんの責任もないことで彼女の命が滅んでいってしまうのだとしたら、彼女には知る権利も、それを憎む権利もあるのかもしれない。それを不鮮明に隠し続ける冬生(ふゆき)夫妻は、なにを思ってそうしたのか。少なからずの疑心が生まれてからは、純粋な気持ちのみとはヒムラには思いきれなかった。 「その話のままだとあんたは呪われてることになるが、実感としてはなにかあるのか。なにかが見えるとか、聞こえるとか」 「いえ、なにも。いっそなにかが見えてくれていたりしたら、もっとなんとかなっていたのかもしれませんが、実感してるのも体が弱くてっていうこと以外は、なにも。……あの」  答えてから、秋知(秋田)は背中を枕から浮かせて、ずい、とマチへとにじり寄った。ベッドの上の秋知(あきち)と椅子に腰かけているマチの目線はほぼ同じで、体格的にもそう大差ない二人が見合った。 「呪い、なんですか。本当に、そういうのってあるんですか」  真剣に、秋知(あきち)は問う。その目は父親譲りで大きく、けれど母親譲りに意志が強い光を見せている。  こんな目を向けられて、ヒムラならば言葉を飲んだ。はっきりと真実を告げるにしても、誤魔化すにしても、なにを言っても必ず彼女は傷つく。それならばいっそ、黙っている方が心に優しかった。  けれどマチは一つの曇りも見せない表情のまま、ともすれば感情のない冷徹さではっきりと告げた。相手が死を前にした少女であろうと、マチの見るものも、行いも、変わらない。 「呪いだ。あんた自身にはなにも身に覚えもなければ関係もないのに、それだけのことをやった過去の人間の所為で、あんたは呪われて、命も危うい。でも、それがはっきりとわかる俺は専門家で、呪いを前にしたのも初めてのことでもない。俺はあんたの呪いを解きに来た、だからあんたは死なない」  ヒムラの心苦しさに反して、秋知(あきち)は笑った。その笑顔は何故か、安堵よりも慈雨を受けたかのように悲し気なものだった。
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